アイルズ,F『被告の女性に関しては』

アイルズ,F『被告の女性に関しては』


 黄金期の鬼才アントニイ・バークリーのもうひとつの顔がフランシス・アイルズ。バークリー名義では従来の推理小説の約束事を覆す巧妙な作品を書き続け、アイルズ名義ではそれとうって変わった犯罪心理小説を分野として創造した。本書はそのアイルズ名義の『殺意』(1931)、『レディに捧げる殺人物語』(1932)に続いた三冊目で、作者最後の長編でもある。第二次大戦が勃発したばかりという発表時期が災いしたのか、前二者やバークリー名義の里程標的な作品と比べて本書は欧米でも忘れ去られた存在だったそうだが、それがこうして読めるようになったことを喜びたい。

 主人公アラン・リトルウッドは詩人志望のちょっと自意識が強い青年。オックスフォードでは周囲に対してそれなりに振舞っているが、できすぎた家族の間に戻ると長男でありながら知力体力ともに劣等感を刺激されてしまう。
 そんなアランは肺に影ができて休暇を東海岸のシーポートで過ごすことになった。そこで彼を預かってくれる医師のポール夫妻のうち、夫のフレッドはちょっと得体の知れない人物だったが、妻のイヴリンは実に素敵な女性だった。 テニス・パーティーやお茶会に行ったり教会に誘われたり。 休暇を過ごすうちにアランはミセス・ポールと次第に親密になっていく。

 この話がどんな話だか見当がつかないで読んでいく方がより驚けるだろう。解説だって先に読まない方がよい。
 細かいプロセスの積み重ねがやがて物語全体の流れをつくりだす。実に説得力がある。アランとミセス・ポールの陥った関係は不道徳ではあるが、現代では勿論、当時としても一刀両断にできるものではないと思わせる。
 だが、結末近くのようなことに至ってはただでは済むわけがない。 いかんともしがたい事態が起こったときに主人公が見せる醜態はあまりに滑稽であるが、読み手も主人公に感情移入してしまっているのでいっしょに無様な思いを味わうしかない。 それも登場人物の性格設定が物語全体を通じてしっかりなされているからこそである。 特に*女装*という主人公の性格の上でも物語の伏線的にも重要なポイントがちゃんと踏まえられていたことには感心した。

 登場人物の性格重視と探偵小説の根本さえも揺るがす皮肉な視線の融合が見事になされている点で、本書こそがアイルズとバークリーが違う方向から出発しての最終的に行き着いたところだとも言える。傑作。


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