去年のベスト10は番狂わせでした。結局、読んでたのは北村薫だけだったもんな。それにしても樋口有介2冊というのは凄い。少人数の読者が高い点付けたからこうも浮上してきたわけですが、かつて北方謙三がそういう形でベスト1になったことがあり、樋口有介も今後の成長株だそうだ。そこで、慌てて読んだ私の感想は、同じ作風ならもう二度と読まないぞ。SR1位『彼女はたぶん魔法を使う』もSR5位『風少女』もプロットは殆んど同じ。過去を引きずる主人公(前者は中年男、後者は大学生)が年下の快活な女の子(前者は女子大生、後者は女子校生)に煽られつつ、警察が事故死だと断定した変死事件に挑むという。本格味はなし。脇役の女の子(助演女優賞受賞)の魅力だけでもっているんじゃないかという。
だが、『風少女』の方は少々辛かった。舞台は前橋。登場人物達が引きずるのは中学時代の色恋沙汰。なぜ、そんなものをいつまでも引きずらなきゃならないのかというと、北関東のあの辺りは高校時代は男子校と女子校に別れるから。身につまされるところがないわけでもなかった。
さて、'90私のベストは(別表参照)
1位 筒井康隆『ロートレック荘事件』
国産/現代物ミステリーを読まないでけなす会の会員・羽鳥氏へ国産/現代物ミステリーを読んでけなす会(別名SRの会)の会員として反論することは簡単である。前例がある、の一言で済むのだから。私も読んではなかったが、鮎川哲也の短編にあるネタだが、誰も長編をもたすことができるトリックとは思わなかったらしい。だが、ここまでやってくれれば文句はない。SFの人にもっていかれるのは誠に悔しいが謹んでベスト1を進呈する所以である。
叙述トリックを用いた長編でこれに近いものといったら真っ先に浮かぶのはF・カサック『殺人交差点』(1957)だが、創元推理文庫版は誤訳のためネタが第二章で割れてしまう。これ以上被害者を増やさないために声を大にして警告しておく。日本のものでは小泉喜美子『弁護側の証人』(1963)が仕掛けがあるとわかっていてもひっかかかる。
さて、叙述トリックというのは前々回述べたようにアンチ・ミステリーと密接な関連がある。近年私は探偵小説は本格であれ非本格であれ、幻想文学の一種ではないかと思うようになってきた。例えば、普通の小説で登場人物が一人死ぬのはとてつもない大事件だ。ところが探偵小説ではころころ死ぬ。それは探偵小説が寓話(天城一の言葉を借りるとメルヘン)だからなのだ。知的遊技であってもいいが何か過剰なものを残さねばならない。クリスティによって集大成されたイギリス流パズル小説は過剰さを排除することによりポオより退行したと笠井潔は述べている。私はそこまで言い切る気はないが、ともあれ、探偵小説はジャンルとしての危機に直面し続けていくのである。
なお、『ロートレック荘事件』のドラマ化権を某TV局が買収との噂を聞きました。そのうち二時間ドラマでお目見得するかもしれません。そしたらやっぱり普通のサスペンス物になっちゃうのかなあ。
2位 泡坂妻夫『黒き舞楽』はやっぱり評判が悪かった。
3位 芦辺拓『殺人喜劇の13人』
第一回鮎哲賞に相応しい佳作。よい意味での素人ぽさに溢れている。出てくるフレーズ、フェル博士のセリフ、アノー警部、キチガイ地獄外道祭文等みんなおもいあたって楽しい。被害者の残した原稿を解くという趣向もよいが、これは前例があったような気もするなあ。しかし、次回作が不安だ。この人もSRの会員なので頑張ってもらいたいものです。
4位 北村薫『夜の蝉』の話は一年前にしたので今年の『秋の花』について。今年も私のベスト5入り確実。この作者が遂に人を殺した。被害者は「夜の蝉」で通行人として出演した女子校生コンビの一人。死の陰は日常の風景に忍びよる。他の作家だったら短編にしかならないネタなのに、この作者にとっては丸々長編分の長さを必要としたのだ。第一作は父に、第二作は時の流れに、そして今回は母に対して捧げられている。
北村薫は若い女性だろうと思っていたが「白い朝」(『鮎川哲也と十三の謎'90』(創))を読んだら、随分年配なのかもしれないという気になってきた。これは従姉が語る円紫さんの少年期?の事件簿。好短編。
5位 日影丈吉『夕潮』はかつて<幻影城>休刊号('79.7)に前編だけ掲載され、その崩壊とともに原稿が紛失し爾来幻の作品と化した。涙なしでは読めない。でも肝心の中身についてはどう評価したらよいか難しいや。日影ファンの五十嵐さんの御教唆が得られれば幸いです。
<幻影城>の遺宝としてはまだ竹本健治の長編第二作『偶という名の惨劇』やら狩久の遺作『裸舞&裸婦奇譚』やらが埋もれているはずです。創元社さんにはぜひともその発掘を期待したい。
6位 宮部みゆきは『鮎哲と十三の謎'90』の「心とろかすような」もよかった。『パーフェクト・ブルー』の私立探偵一家が再登場。女性としての意地の悪さが本当に良く出ている。あの結末の辛辣さは男性作家にはとても書けない。
SR17位 綾辻行人『霧越邸殺人事件』
読了直後の感想 @文章力が格段に向上している A何かやろうとしているが成功していない B鮎川哲也は偉大だった。
@本当にうまくなった。厚さを感じさせない。やはり文章は書き続けさえすれば書けるようになるものだ。A一種の幻想ミステリーを狙ったようだが。幻想ミステリーには、一見超自然現象を一旦合理的に解明しておいて実は本当に超常現象だったと突き落とすといった作例はいくつかあるが、『霧越邸』に似たものは思いつけない。でもこれじゃあ失敗作だ。SFミステリーに殆ど傑作がないのと一脈通じるところがありそうだ。ミステリー自体が幻想だから座りが悪いのかもしれない。B新本格の一角を占める館物の元祖は勿論島田荘司『斜め屋敷の犯罪』(1982)だが、もう一つさらに源流は鮎川哲也『リラ荘殺人事件』(1956)である。誠に去年は鮎川哲也という作家の偉大さを思い知らされた年だった。
なお、私は今まで北原白秋「雨」三番《けんけん子雉がいま鳴いた》をてっきり乞食だとばかり思っていた。恥ずかしかった。
SR21位 島田荘司『暗闇坂の人喰いの木』
五年前よりの待望の書だったが……。ロで始まるカタカナ三文字言葉が出たらもうダメ。条件反射的に吹き出してしまう。こうなったら仕方ないから島田荘司氏にはロ××一筋何十年の職人芸の道を歩み続けてもらいたい。
イギリスはスコットランドの巨人の家は良かった。あれには最優秀建築賞でもあげればよかった。怪奇博物館のくだりも乱歩趣味的で好みです。
五十嵐さん御贔屓の折原一は、『灰色の仮面』SR38位、『螺旋館の殺人』SR39位、『猿島館の殺人』SR47位と低迷し、おまけに新しいものほど読者数が減っている。得票数割れも時間の問題か。
SR69位=ワースト1位 辻真先『沖縄県営鉄道殺人事件』(講談)
元ファンとしては非常に悲しい。そう、私ですらファンをやめてしまったのです。一昨年、『正義の味方仮面ライター』をどうしても買うことができず読み残してしまい、去年も三冊しか読まなかった。『沖縄−』はキリコ・薩次シリーズなので読む人は読んでしまい得票数割れにもならずかえってまずかった。本書はある意味で作者の集大成的作品です。今はなき沖縄の鉄道を扱ったことは、戦前の日本を舞台にした傑作『急行エトロフ殺人事件』を思い起こさせるし、鉄道のない沖縄での轢死者は、廃線となった鉄路に轢断死体の転がった佳作『ローカル線に紅い血が散る』に酷似している。一人の永遠の女性を巡る親友同士の宿命の対決というモチーフは名作『ピーター・パンの殺人』のものである。それから本文中に挿入される写真は立風ノベルズの温泉ミステリーシリーズと同じ……。それにしてもトリックといい、巻末でされるお説教といい、島田荘司の悪影響以外の何物でもない。出版界の狂乱は惜しい作家を殺してしまったものだ。合掌。
なんか非常に落ちこんでしまったのでこれで終わりにします。