北村薫『六の宮の姫君』
徹底的に書物に淫した作品。「私」は芥川が残した謎の言葉の意味を求めて本の迷宮を駆け巡る。芥川とキャッチボールを交わしたのは何者か。頻出する記号としてのテキストはその意味を錯綜させ、ただただ統合されるのを待つ。国会図書館、市立図書館、バイト先の出版社、果ては旅先のペンションの本棚にもテキストは潜む。活字の中から当時を生きたあまりにも純粋な人間の生の叫びを聞く。
北村薫についてまだきちんと語ったことがなかったので、今度こそと思い満を持して読んでみたらこの内容だったので少々調子が狂ってしまった。
ミステリーの区分でいえば、蛸井君の指摘のとおりJ.ティ『時の娘』、高木彬光『成吉思汗の秘密』といった歴史物に分類されます。でもそれらともちょっと違う。書誌学的な醍醐味といったものを味わいました。僕は芥川には興味はなかったが共通の嗜好を持つので楽しめました。例えば「私」にとっての芥川は僕にとっての乱歩と同等の重み。読書家、古本ファン、図書館の友なら誰でもこの気持ちはわかると思う。
以下、ねたばれ注意。
蛸井君、×××が謎の人物だというのが中心課題なんだからそれをばらしちゃ本当はダメだよ。それからロックチェアという用語は聞いたことがないな。通常はアームチェア・ディテクティブと言う。
僕にとって乱歩が芥川なら、菊池寛は木々高太郎に相当する。数年前某誌に文学の大衆化を目指した寛と探偵小説の文学化を目指した高太郎が現在忘れ去られているのがいかにも象徴的だとあり、それを読んでから重なってしまった。両者の情熱にも共通したものを感じる。
それにしても生きるということは難しい。世俗的な成功と後生の評価は全く連動しない。後生の評価にしてもいかほどの意味があるのだろうか。人間何を目標としてこの人生を生き抜いていくべきか改めて考えてしまうのであった。
有栖川有栖『双頭の悪魔』
少し弱かったかなという感じ。なるほど、これこれこういうとおりの犯人なら確かにこれは悪魔としか言いようがない。でも、それが納得できるほどの書き込みはなされていない。やっぱり各々の動機に疑問が残る。登場人物達がそこまでの甘ちょろとはちょっと思えない。とんでもないものになりそうでいてなり損ねた作品といった印象。すごいもったいない。若書きの通弊か。
クイーン流の論理展開は万全でそちらにはOK出せるのだがね。要所要所に漂うチェスタトン風の諧謔もよい。探偵役の江神先輩が飄々としていて好き。ヒロインも素敵。残念。でもやっぱり悪魔が見たかった、感じたかった。
島田荘司『眩暈』
新・占星術殺人事件と腰巻きに銘打たれた本書、期待外れと言うしかない。ここ3年の3長編では最も破綻が少ない。書かれている事件も死体をつなぎ合わせたアンドロギュヌスの復活といった島荘好みの破天荒。でも、なんだか短編ネタをむりやりぎゅーーーっと引き延ばして大長編に仕立てあげただけという印象がする。<EQ>にのった「塔の幻想」がこんな感じの構成の短編だった。分厚い割には一気に読めたこと。
鮮やかなんだよ、とっても。でもただそれだけ。それだけではいつもながらうまいなあという感想しか浮かんでこない。感動がない。既に島荘の手を見切ってしまったということなんだろうか。悲しい。
少々破綻があってもいいから、情念でねじ伏せて欲しい。と、『北の夕鶴2/3の殺人』や『奇想、天を動かす』が大好きな僕はそう思う。
岩崎正吾『風の記憶』
傑作『風よ、緑よ、故郷よ』のあと、一向にいいとこなかった作者の初の短編集。久々に楽しめました。田園派は未だ健在なり。短編一つ一つはいろいろまだあらがある。もっと書き込んで欲しいところもある。でも、よかった。この作者は乱作にさえ走らなければまだまだやれる人だと実感しました。表題作の、少年期の生死をさまよった体験に対する4人の中年男の想いと、作者が注ぐ暖かい眼差しがよい。
ベスト投票〆切まであとわずか。頑張らにゃあ。