さて、またまた時期外れになりましたが、1993年のベストです。
SRベストの筆頭を占めるのが、なんと奥泉光『ノヴァーリスの引用』。奥泉光は『石の来歴』の芥川賞受賞と合わせてのダブル受賞というわけですが。投票数11で、読む人だけが読んで浮上してきたという例のパターンです(90年の樋口有介(笑)とか)。
さて、中身といえば。恩師の死を機会に集まった学友四人。昔話に話を咲かせるうちにいつしか話題は学生時代の怪死事件に。あれがもし殺人事件なら犯人はこの中にいる。酒宴のたけなわに事件の起きた研究室に場所を移そうとして……。
これはスカだったね。薄すぎる。話を展開させる余裕がない。クライマックッスの幻視シーンは結構迫力があったが、生きていない。どうもこれは例によって某一部メンバーからの圧力から浮上した珍事だったと。
これだけではあまりにあまりなので他にも読んでみました。
『石の来歴』。戦地から生還した男は本業の古本屋の他に地質学を趣味とする。それは死に瀕しながらも石の魅力を語る古参兵の言葉が彼の耳に焼き付いていたからだった。家業の成功、結婚、二児の誕生と、石以外にも端目には幸せな人生を歩んでいた彼であったが、愛児が石に興味を示し始めてから急激な悲劇へと転落する。
石に対する思い入れは読んでいて圧倒される。でも、悲劇の種はここに既に蒔かれていたのだ。自分の人生に対して責任を取るということを考えさせられる。
もう1冊は92年にやはり一部で好評だった『葦と百合』。
結婚を間近に控えた医師は温泉行きの仲間と分かれ、山形県の山間の集落を目指す。そこにはかつての彼の恋人と友人が営む<葦の会>というコミューンがあるはずだった。しかし、彼を迎えたのは、共同体の不可解な消失と、キリシタン集落の呪いがかかる旧家の一族だった。彼はコミューンの跡地で毒茸による昏睡に陥って幻を見、その間に同行者は怪死を遂げる。
旧家ゆかりの娘が探偵役を志願する。彼女の好きな探偵が<ちょっとマイナーだけど、中井英夫の『虚無への供物』に出てくる奈々村久生>、というあたりには微苦笑させられる。だが、その印象すらも幕間 Intermezzo で暗転する。
反転に次ぐ反転。主人公も読者も深い森に分け入る。全てが幻想と化す。結局のところ、真相は何もわからない。ごく一部で絶賛されたわけはよーくわかったが。
奥泉光については、『葦と百合』系統についてなら読んでいってもいいかなというところです。青春を振り返ろうとする臭いがどれもちょっときついんだけれど、まああんまり気にしないことにして。
山口雅也が2作。第2位『キッド・ピストルズの妄想』は『冒涜』に続くパラレル英国を舞台とするパンク刑事もの。前作は短編集だったが今回は中編集、読みごたえあり。ひとつひとつの中編が重力理論、遺伝学、英国式庭園といった壮大な学問分野に対応し幻想の論理を紡ぐ。それぞれに小宇宙を感じた。なかなかお見事。
第7位『13人目の探偵士』は傑作ゲームブックの改訂復刊。これもキッド・ピストルズものとは知らなんだ。遊び心に満喫。
93年は連作短編集の当たり年だったが、第3位、加納朋子『魔法飛行』もそのひとつ。鮎哲賞『ななつのこ』の続編。前作と同じ書簡体ミステリーで構成に工夫あり。そしてその仕掛は前作を遥かに凌ぐ。
やはり駒子は手紙を書き送る。そしてその解答のほかに未知の<読者>からの不気味な手紙が届く。果たしてそれは読者たる私と同様、この『魔法飛行』を読みつつある人物なのか。現実と虚構が混沌とする眩暈にも似た感覚。
この未知の人物の正体は凄い。チェスタトンの「見えない人」に匹敵する新発見と言っても過言ではない。隠し味は『オペラ座の怪人』か。惜しむらくは扱い方が少々ぎこちない。もっとうまく料理してくれたら大傑作になったのだが。残念。まあ、このままでいいと言う人もいるだろうが。
それにしてもたこい君など北村薫ファンの意見を聞いてみたいものだ。ちなみに今度は正真正銘の女性です。多分。
第5位はその北村薫の『冬のオペラ』。これがまた凄かった。
北国から上京し叔父の経営する不動産屋に勤める姫宮あゆみは、上の事務所に《名探偵》が入居したのを知る。《名探偵》を自ら名乗る巫(かんなぎ)弓彦はあるとき自分が《名探偵》であることに気付き、《名探偵》という存在であるために、ただひたすら《名探偵》が解決するに相応しい事件を待ち続ける生活を送るという。そんな巫に感動したあゆみは記録者役をかって出る。
かつてこれほどリアルな探偵役があったであろうか。いくら事務所を開いていても《名探偵》で商売になるわけがなく、巫はアルバイトで喰っている。解決した事件は2年間であゆみが持ち込んだ3件だけ。そしてどれも巫の持ち出しに終わっている。悲惨を通り越して滑稽としかいいようがない。だが、ある意味では理想の生き方ともいえる。我ら凡俗にはとてもできないが、でも、もし自分が《名探偵》であるという天命を聞けたなら、生きてみたい。ごみ溜めの中で死んでも悔いない、そんな人生を。
さて、その3件の事件は前2つはどうってことない理化学トリック及び錯覚トリック小説だが、3件目にはガツンとやられた。人は鬼と化す。手に入れられなかったものになおかつ執着し歯噛みしたときにいとも簡単に鬼と化す。真実が見えてしまう冷徹な目を持つ《名探偵》もときとしてはこの上もなく悲しい存在である。
第8位はなにかと話題の高村薫『マークスの山』。高村薫を読んだのは初めてです。読みにくい読みにくいとの評判だったのでおそるおそるだったが、結構読めるじゃないの。
それにしても警察小説を読んだのは久々だ。島荘の吉敷ものは読んでいるけど、あれは警察小説とは言えないよなあ。でも、吉敷の身の回りもぐちゃぐちゃだけど(『飛鳥のガラスの靴』など)こちらの合田警部補の身辺も決してよくはないね。セクショナリズムのいがみ合い、無能な上司、圧力をかける上層部や検察、なんやかんや。警察の内部って本当にあんななのかいな。知るすべもないが。菱谷さんは知ってるかな。
事件そのものは15年前に端を発する複雑極まりないもの。山のモチーフが何度も繰り返される。あまりにも不幸である犯人には同情の念を感じざるを得ない。ラストでの山頂からの絶景は感動的。でも、正直なところまだ何か理解しがたいものが残る。
第10位は二階堂黎人『聖アウスラ修道院の惨劇』。作者の3作目。デビュー作『地獄の道化師』が余りに評判悪かったので避けていたが、2作目『吸血の家』は結構よかったらしい。
本作の舞台は昭和40年代の長野県野尻湖湖畔の修道院。中東及び欧州から移築された建造物、洞窟の図書館、創設者である謎の聖人とおもいっきりのソレモン趣味。黙示録の見立て殺人や悪魔崇拝まで絡む。だけれども警察相手に吸血鬼犯人説を堂々と説かんで欲しい。呆れた。構成にも破綻の数々。ちょっと勘弁して欲しかったなあ。図書館にはやっぱり喜んじゃうんだけれど(笑)。
第11位、島田荘司『アトポス』は電脳部室に長文アップしたのでそっちを見てください。投票結果としては近年4作の中ではいちばん点数が高くなってる。島荘復活の兆し、とは到底言えないが。やれやれ。
怪物とまでも言われた宮部みゆきがおとなしかったのはちと淋しかった。第19位『淋しい狩人』は古本屋探偵もの(この分野の開拓者は紀田順一郎)なので期待大だったのだが、いまいち。実に淋しい。
93年最大の問題作(笑)が第25位、麻耶雄嵩『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』。あんまり読みたくなかったんだけれど、読めば話のネタだけにはなる、と。でも、それなりに面白かったと言えないこともない。
和音が×××××ではないかというのはおおよそ予想がついた。ただ、どうしてそこまでの熱狂に支配されたのかについてはよくわからない。
犯人が××××××というのには吃驚。そしてそれなりに納得できる。×××××ためという動機は確かに強烈。
疑問点が幾つも。
@もう一人の××は一体何者。
A20年前につくられたはずの映画『春と秋の奏鳴曲』が×××××そのままというのはなぜ。
B桐璃と、そして×××とのこの事件の因縁は。なぜ烏有と桐璃が和音島に招かれたのか。
地震により××××××というのはなかなかとんでもない。そして×××まで×××××なんて××××映画のラストシーンみたい。
メルカトル鮎はいったい何を嗅ぎ付けたのか。曰く「月の光は愛のメッセージ」。裏表紙惹句に<ラストで登場するメルカトル鮎の一言がもたらす畏怖と感動>とあるのだが(笑)。
ミステリとは不可解な謎が提出され、そして解明され、なおそれでも元の時空間には戻らず何やら過剰なものが残る、そんな水面の波紋のような余韻を味わうスペースだ、と私は思う。やはり謎は仮染めにであれ解かれなければなるまい。だが、そのあとでいくらでもひっくり返すのは自由。
次回作に期待。それまで評価不能。ひょっとしてもし、前作『翼ある闇』までひっくるめてすべての謎が解かれるようなら、私とても喝采を叫ぶであろう。
角川ミステリーコンペは2冊しか読まなんだ。第27位、有栖川有栖『ダリの繭』は有栖川にしては無惨な出来。
グランプリは、第31位、岩崎正吾『闇かがやく島』という噂。まあそれなりに読める話であった。五十嵐編集長の「男性原理がきつい」は確かに否定できない。巻末には一遍の大河長編小説の幕開けを感じさせるものがある。それが悲劇で終わるか、それとも和解に転じるか。
短編集で第1位に来たのは竹本健治『閉じ箱』。竹本健治デビュー以来20年の作家生活の短編一挙収録本。<幻影城>掲載の処女短編「陥穽」から書き下ろし作品まで。江戸川乱歩や中井英夫の系譜に連なる珠玉短編の数々。『匣の中の失楽』と同質のニルヴァーナの霧がここにも色濃く漂う。特に表題作「閉じ箱」は作者の物理学嗜好が極まった超探偵小説。神父は霧の中で蝙蝠傘を回し続ける。
佐伯千尋をヒロインとする連作4編がまとまったのがまたうれしい。不思議な魅力を持つ少女千尋に惹かれた人々はいつしか自らの狂気のうちに沈みこんで行く。
本作を私の93ベストに推します。
94年は乱歩生誕百周年ということでいろいろ賑やかで嬉しいが、何というものを出すんだというのが、第26位、江戸川乱歩他『黒い虹』。その他何冊も。戦前戦後の連作小説集だが、こんなものよっぽどの探偵マニアしか買わんぞ。ページはスカスカだし、中身は呆れるようなものばかりだけど、さすがやってくれるもんだ、春陽文庫。(春陽堂文庫の栄光の歴史についていつか語ることもあるであろう。)
さて、最後に山本周五郎賞の久世光彦『一九三四年冬−乱歩』。
<芝区車町の家の騒音を避け麻布区の「張ホテル」に長期滞在せるも、やはり何も書けず。>『探偵小説四十年』の昭和9年1月の項にこうある。当年40才の乱歩は<新青年>に鳴り物入りで連載し始めた『悪霊』がどうしても続けられず、休載していた。この作は結局中絶に終わる。張ホテルにて何もせずただボンヤリと、人目を避けひっそり身を隠していた乱歩の様が伺える。そしてその半年後に池袋3丁目の土蔵のある家に引っ越し、流転を繰り返した人生でついに終生腰を落ちつけることになる。
ここまでが史実。久世作中の乱歩は張ホテルの202号室に滞在し、物思いに耽る。自らの年齢、残された寿命、小酒井不木やら浜尾四郎やらの同僚のこと(これらのエピソードのどこまでが本当だろうか)、妻隆子とのやりとり、ポオについての憧れ。美貌の中国人のボーイ、探偵小説を愛する米国人の人妻といったいかにも、という人物が登場し、乱歩の空想をかき乱す。隣の201号室では怪談めいた事件まで起こる。
そして書き綴る小説「梔子姫」。張ホテルでの出来事全てが乱歩にこれを書かしめる。乱歩には珍しい中国ネタ。異形の、そして愛らしい娼婦。悲しみ、愛しさ。
どうしても沸き起こる一つの疑問、これだけの物を書きながら、失踪から戻った乱歩は何故これを発表しなかったのか。そしてこれは結末で解決される。乱歩がつきつけられるある選択。そんな大事な選択の答を出すことはとてもできず、乱歩は深い眠りについていく。
1994年10月21日にて江戸川乱歩生誕百年となります。それに合わせてSRの全国大会が10月22、23日に三重県名張市で開催されます。いろいろイベントも企画されていてとっても楽しみ。今年はさらにめいっぱい乱歩に浸る年となりそうです。