SR第2位、松尾由美『バルーンタウンの殺人』は<SFマガジン>に発表されたSFミステリー連作。人工子宮が一般化した未来、昔ながらの腹を痛める出産にこだわる妊婦だけが隔絶されて暮らす町バルーンタウン。この平和であるべき町で起こる犯罪に挑むのは女刑事と妊婦翻訳家のペア。これがSR2位というのには意表を突かれたが、良質の短編集であることは事実。設定をとことん生かしきった物語づくりの巧みさ。ポオ、ドイル、クリスティから久作までが引用されるパロディ精神の発露。全編ホームズづくしの「亀腹同盟」は爆笑後にぎくりとさせられ、またラストの「なぜ、助産婦に頼まなかったのか?」は出色の出来。そして作者はバルーン・タウン自体に関する胡散臭さを読者に伝えながらもそれを解決してはいない。それはフェミニズム自体が内包する胡散臭さかも知れない。
第3位、リスト外のはずだった小野不由美『東亰異聞』。火炎魔人に闇御前。異形のものたちが闇に蠢く開化期の東京。帝都物語や山田風太郎の明治ものが大好きな私としては心そそられる設定。でも何やら違和感。かなりのところまで好みに合うのだけどぎりぎりのところで合わないといった感じ。この作家に関してはもう少し様子を見ましょう。
第4位、何かと評判の京極夏彦『姑獲鳥の夏』。これはとんでもなかった。ルール違反ではあるが許してやってもいいような気もする。
まず、なんといっても探偵役三人組が凄い。古本屋主人にして神主、陰陽師でもある京極堂こと中禅寺秋彦。人の記憶を見る能力を持つ探偵社社長、榎木津礼二郎。そして語り手の文士、関口巽。この異色の三人の中で一番の変人は語り手の関口であるかもしれない。彼の視点で読者は事件に関わりながらも募る違和感に戸惑わざるを得ない。ある意味では『ドグラ・マグラ』に次いだ狂人によって記述された探偵小説と言ってもよいかもしれない。
そして事件。当面の謎である密室からの人間消失にはある意味では悲惨な、ある意味では滑稽極まりない真相があった。だが、陰陽師はさらに呪いの源流を遡る。憑き物筋と言い伝えられる久遠寺家の血統。呪いの正体についての民俗学、医学、精神病理学からの解釈は目眩く。だがそうして伝承の中から見いだした真相も仮想現実のひとつに過ぎないのか。大雨の夜の惨劇のあとに姑獲鳥の夏は終
わる。
今年の『魍魎の匣』も『狂骨の夢』もパワーもレベルも全然落ちていないのは凄い。それどころか大風呂敷の広げ方は一段とスケールアップしている。どこまで行ってしまうのだろうか。今後も恐る恐るながら期待。
第9位、倉知淳『日曜の夜は出たくない』は軽妙な短編集。探偵役となる猫丸先輩がいい味出している。「寄生虫館の殺人」は目黒寄生虫館に行ったことがあるとなお笑える。表題作他なかなかの話がいくつかあるが、全体を通じての仕掛けは不発に終わった。
第11位、泡坂妻夫『生者と死者』は著者仕掛本。袋とじ製本のままでは短編小説、これを切り開くと長編小説になるという趣向。シリーズ前作『しあわせの書−ヨギ・ガンジーの心霊術』には、誰もが仰天したが、今回は賛否半ば。やっぱり消える短編小説がつまらなすぎるのが痛い。あとがきに出てきた狩久の名が懐かしい。
同じ著者の第33位『弓形の月』の方が好みではあった。泡坂耽美ミステリーの系列は『湖底の祭』、『斜光』、『黒い舞楽』とつづき、本作で頂点を極めたか。初期作のような絢爛たるミステリー味は薄れてきたけど、それでもこの真相には呆然とさせられる。ラストシーンの幻想が美しい。
『宝引きの辰 自来也小町』も第14位と健闘。
第12位、連城三紀彦『終章からの女』はえらく久々に面白い連城ミステリーだった。読み進むうちに途中で見当がつくが、これはごく古いSFのネタである。だが、連城の手にかかりここまで料理されてしまったのだ。連城の長編の特徴というと、その主人公の偏執的なまでな姿勢である。宿命という言葉があるが、ヒロインは自分の手で宿命をつくり出し、それに頑なまでに従って生きようとする。いつもはその執念が到底理解できずやりきれなさばかりが高まるが、今回はなぜかぴたりとはまった。連城がこんなに面白く読めたのは何年ぶりであろうか。うれしい。
第13位、山口雅也『日本殺人事件』は最高によかった。『ミステリーズ』よりもこっちの方が好み。日本をろくすぽ知らない米人作家が書いたペイパーバックの翻訳という設定。そこに描かれた妙ちきりんな日本。そして世界中にそこでしか起こり得ない怪事件に挑む青い目の私立探偵、東京茶夢(サム・トウキョー)の活躍。サムライ・スピリットとセップクに材を取った「微笑と死と」、ゼン・マスターが茶室の中で怪死した超絶至極の「侘の密室」、そしてクルワを舞台とする「不思議の国のアリンス」と続く。特にこの第三話が絶品。花鳥風月に見立てて殺される遊女たち。春をひさぐのが商売の花魁が誠の恋を証明する手段とは。すべてを解明しながらも自信を喪失して悩む茶夢にエクボさんはこう諭す。すべての人はカンノン様だ。自分がカンノン様であることを忘れて各々のベストを尽くして生きていく。この世界を救い、自らを修行させるために。この世を救う私立探偵茶夢の次の事件簿を渇仰して待つ。合掌。
第25位、芦辺拓『殺人喜劇のモダン・シティ』は戦前の大阪を舞台に探偵ファンには嬉しい趣向が盛りだくさん。でも、ああいう犯人像は好みではないな。
第26位、法月綸太郎『二の悲劇』は構想三年執筆一年という著者入魂の作。スランプから脱出しようともがいているのが手に取るようにわかり好感がもてる。だけど話としてはありきたりだなあ。
服部正『影よ踊れ』はホームズ譚としては異色中の異色。コンウォールの海岸を訪れたホムーズとワトソンの目前に起こる怪事件の数々。「悪魔の舌」は普通のパスティーシュ調だが、「ブーガンヴィルの狐猿」、「這う人」とだんだん妙なものになってくる。ごった煮のように溢れかえるビクトリア朝の闇。最終の「コンウォルふたたび」ではホームズさえもやがて虚構に返される。全てに君臨する魔人はコナン・ドイルの父チャールズ・アルタモント・ドイルなのか。作者にはドラキュラ、ルイス・キャロルなど同時代に対する共感が深いが、ホームズに対する思い入れが全く欠けていて、そこがこんな奇怪なホームズ譚となった所以だろう。
数は読めなかったけど、なかなか楽しめるものに当たった年でした。