1995年ベスト
1995年ベスト
やっぱり何といっても1995年は京極夏彦の年でしたね。まあそれはあとでじっくり扱うことにして、まずはその他の作家をベスト順に触れていきましょう。
第2位は真保裕一『ホワイトアウト』。五十嵐編集長も褒めていた<小役人>シリーズの新作。雪に閉ざされた巨大なダムに突如襲いかかる武装集団。人質になることを逃れた運転員富樫はたった一人で戦う。自らの不甲斐なさのために亡くした友の婚約者を救うため。富樫対侵入者の一進一退の攻防が読みごたえある。両者とも持てる全ての知識を用い体力の限界までを振り絞る。山男の魂、そして技術屋の魂。ぎりぎりのものを賭けた男同志の対決が感動を呼ぶ、とこの私に言わせるんだぜ。だから後半の侵入者の内輪もめは焦点がぼけたような。でも傑作。
第5位、西澤保彦『七回死んだ男』は時間もの並列宇宙ものでなおかつ本格推理だそうが残念ながらの読み逃し。
同じ作者の第23位『完全無欠の名探偵』の方はあとから読みました。山吹みはる。大柄純真無邪気な男。彼と接するものは誰でも心に残る気懸かりをべらべらと喋らざるを得なくなり、そして自らその真相に気づき愕然とする。こんな特殊能力者が触媒となり、南国土佐での複雑極まる事件が紆余曲折しながらも解明に向かう。ただ、全ての源泉となるべき幕間の少女の心痛まではどうも理解が及ばない。そのためこの設定がもう使えなくなる結末に対してもったいなさを感じてしまう。
小説の舞台のために架空都市をわざわざつくったという第27位『解体諸因』と合わせて3作でSR新人賞受賞。こういうとんでもないのみんな好きだもんなあ。
第6位、倉知淳『過ぎゆく風はみどり色』は、前作の連作短編集『日曜の夜は出たくない』の猫丸先輩を探偵役に持ってきた処女長編。世田谷の高級住宅地のど真ん中で起こる心霊殺人事件。上流の下くらいのその一族には血縁関係にまつわる暗さなど微塵もない。事故による傷害をもつ女性が副主人公格。彼女の初恋の思いが瑞々しい。猫丸先輩が登場するところだけがマンガになってしまい少々違和感。トリックには無理があるんじゃないかね。
第7位。加納朋子『掌の中の小鳥』は〈創元推理〉でお馴染みの連作短編。ふとしたきっかけで知り合った彼と彼女。各々の身近で起こるちょっとした出来事。あるいは思い出の中の大事件。不可解な状況プラス論理性という具合につぼを押さえつつ、キャラクターの雰囲気が魅力的。結構好きなんです、このシリーズ。
第8位、村瀬継弥『藤田先生とのミステリアスな一年』。藤田先生が担任した6年1組に贈る魔法の数々。30年もたった今、教え子達は同窓会で懐かしさとともに謎解きに挑む。ほのぼのした雰囲気はいいが、なんとなく習作ぽい。
第10位、宮部みゆき『夢にも思わない』については、電脳部室 #02295 より一部改稿の上転載。
落ち穂拾い的に読んだ一冊、宮部みゆき『夢にも思わない』が途轍もなくてびっくりしました。作者の良さが最も発揮される少年を主人公としたものだが、シリーズ前作『今夜は眠れない』を全くかっていなかったので、期待もせずに読み進めました。いつもの人情路線、どきどきほのぼのの初恋心がいいなあと思っていたら、いきなり奈落へ。いやあ久々に宮部みゆきに堪能しました。粗もなくはなく、もっと時間がたてば冷静に批判的になってしまうかもしれないが、今はひたっていたい。作者のべストにあげてもいいくらい。
今までの私の宮部べストは『スナーク狩り』。我ながら偏っているとは思うがそういう奴なんです。
単なるいい話よりも、作者が胸の中にひっそりとしまってある短刀をここぞというときにぎらりと抜く、そこにしびれる。たとえ宝力を抜かずに終わったとしてもそういう気構えがあるから、単なるいい話で終わるわけもない。
一般ピープルにうけ、マニアにもうける作家はそうはいないが、宮部みゆきが例外中の例外なのはそのへんに理由があるんじゃなかろうか。
短編集で第2位となった『鳩笛草』もよい。鳩笛草は歌うと云う。風の強い夜や早朝に。歌が好きだから。そして自分が歌えることを忘れないために。だけどあくまで密やかに。他の草花の嫉妬をかわないように。超能力を持った人間が自分の力と向き合って、一般社会で生き抜いていく闘いを綴る3編。
第13位、竹本健治『ウロボロスの基礎論』は大著『ウロボロスの偽書』の大部の続編。前作と比べて作者の身辺雑記の部分の割合が圧倒的に多くなっている。主ネタとなるのは京大ミス研部室、山口雅也、新保博久の書庫と連続したウ○コ事件。中盤の推理合戦の場で笠井潔が犯人はミステリにその愛情と相反した深い憎しみを抱いている人物だと指摘し、××××を告発する。これには度肝を抜かれた。
それにしても結局はこの大著は△△△△ウ○コ殺しのために書かれたわけなのか。ううむ。△△△△氏とは私も面識あるんだな、これが。
こういう形式も決して嫌いではないけれど、一作完結して続編書き始めるごとに前作はすべてフィクションで今回が事実、というのは芸がない。なんとか工夫してほしい。『匣の中の失楽』で一章ごとに虚実をひっくり返した作者だからこそそんなことは先刻承知だろうが……と信じ切りたいものだ。
中井英夫の通夜の晩、夢の中で作者とニールス・ボーア博士が必然性もなく延々と量子論及び宇宙論を語り合うシーンが面白い。神の仕組んだ自らを消し去る完全犯罪。竹本健治の理系嗜好が如実に現れる。芸者衆にはあとがき以外でも活躍して欲しかったなあ。
第15位、剣持鷹士『あきらめのよい相談者』はアームチェアものの連作短編集。弁護士の語り手の元を訪れる奇妙な依頼人たち。その行動の秘密を話を聞かされただけの友人が解き明かす。これも<創元推理>でお馴染み。もっと刈り込んだ方が話が締まると思う。
第16位、山口雅也『キッド・ピストルズの慢心』。近年の御贔屓だったのだが、第1短編集『冒涜』に始まるキッド・ピストルズものは第2短編集『妄想』が最高峰であとはもう落ちるだけなのか。第3短編集『慢心』はお手軽小手先ありきたりといった印象でとっても悲しい。冒頭と掉尾はキッドとピンク自身の事件なのだが。
第17位、北村薫『覆面作家の愛の歌』は、この作家のこのキャラクターで殺人を扱うのは無理があるような。
それよりも95年最大の問題作はリスト外だった『スキップ』の方でしょう。17才の女子高生が突然25年後の自分として目覚める。驚き、戸惑い。それでも自分の存在の意味をかけて、娘と夫の援助を受けて、教師という職にチャレンジしていく。瑞々しさ、すがすがしさ。25年という人生におけるブランクは言うまでもなく多大に大きい。だがその損失を損失と思わない生き方を彼女と彼女の家族はしようとしていく。こう記すと確かに極めていい話なのだが、手放しで褒めるのにはやっぱり気恥ずかしい。この作品を褒める立場と貶す立場で論争が噛み合わないように思えるのは一体なぜだろう。
第21位、北森鴻『狂乱廿四孝』は鮎哲賞受賞作。河鍋狂斎の実在の幽霊画に隠された謎を解く。脱疽で四肢を切断した名優澤村田之助との因縁とは。默阿弥こと河竹新七を初めとする歴史上の人物たちが事件に絡む。新人としては突出した構成力と文章力。かなり面白かったのだが、評価が低くなったのはこの作品の根幹の欠点を鋭く突いた投稿が<SRマンスリー>に載ったせいかもしれない。
若竹七海の連作短編集が2冊。
第22位『製造迷夢』は刑事と女性リーディング能力者のコンビ。超能力があっても人の心の謎はたやすくは解けはしない。作者が追求してきた狂気というテーマ。なかなかよろしいがパターンにはまりがち。
第26位『サンタクロースのせいにしよう』のヒロインは、失恋からの心機一転で友人のそのまた友人の家に同居人として転がり込んだOL。家主は浮世離れしてるし、一戸建てには幽霊までも出る。大らかさと緻密さの融合。でも何がやりたかったのかいまいち不明確。
第29位、綾辻行人『鳴風荘事件』は『殺人方程式』(<霧笛>1号参照)の6年ぶりの続編。だから方程式は余計なんだってば!。ガチガチの犯人探しはむつかしいが、ある程度成功していないことはない。でも第2の殺人は不必要。
『眼球綺譚』は怪談集。こちらの方がずっと楽しめました。私のベストが「特別料理」なのはあまりにも当然でしょう。主人公が偶然出くわしたレストラン<YUI>のメニューを見ながら、ゲテモノ料理について嬉々として語っていくところが非常に印象的。それでも怪談はよくある話になりがちでむつかしい。全編を通じて人体とその各パーツに対する拘りが大きいところが特色。
第30位、有栖川有栖『スウェーデン館の謎』は火村英生もの。雪の上の足跡。古典的名作プラスひと捻り。後味悪い。国名シリーズ初めて読んだけどもうあんまり読みたくなくなったな。有栖川は創元でハードカバーだけ出していればいい。
第35位、麻耶雄嵩『痾』は「あ」と読む。前作に引き続き如月烏有が主人公。初音島での記憶を全て失った彼は、不思議な衝動に駆られ寺社に放火してまわる。ところがその焼け跡から必ず他殺死体が発見される。そして、彼の犯行を知る何者かからの脅迫状が。
結局あの問題作『夏と冬の奏鳴曲』はあんまり絡んでこなかった。舞奈桐璃も陰が薄いし。メルカトル鮎が出しゃばってはくるが。どーなることかと思って読んでいたら、案外と筋が通ってしまった。納得させられたような、つまらんような。うーむ、『夏と冬の奏鳴曲』の解明はまたもや先送りか。
第36位、我孫子武丸『腐蝕の街』は近未来を舞台にしたSFミステリー。この作家は初期の館ものがあまりにひどくて敬遠していたのだが、いつの間にか小説書けるようになったね。死刑になったはずの殺人鬼ドクが蘇ったとしか思えない残虐殺人。彼を逮捕した溝口警部補は急遽秘密捜査に身を投じる。なかなか読ませたが、気になることが二つ。メインアイデアが近未来程度で実現可能かどうかということと、犯人側が必然性なしで動いているようにしか思えなかったことと。それでも最後の”対決”には鬼気迫るものがあった。
大西巨人『迷宮』は作者の探偵小説第2作。話が同じところでぐるぐるまわっていて展開していかないという感じ。まさかとは思うが、だから迷宮なのか。『三位一体の神話』の方が形はありきたりながらもしゃきっとした寓話になっていた。
さて、そこで問題の京極夏彦ですが……。 (以下次便)
今から『鉄鼠の檻』を読み始めるところです。21号に原稿間に合うかどうか全く自信ありません。どうか気長にお待ちください。
執筆 (1996.06.03)
初出 <霧笛>21号(1996.06.30)
◆宮澤1995年ベスト
1.京極夏彦『魍魎の匣』 G
2.宮部みゆき『夢にも思わない』 G
3.真保裕一『ホワイトアウト』 F
4.京極夏彦『狂骨の夢』 F
5.加納朋子『掌の中の小鳥』 F
◆SRの会1995年ベスト
1.京極夏彦『魍魎の匣』(講談社)
2.真保裕一『ホワイトアウト』(新潮社)
3.京極夏彦『狂骨の夢』(講談社)
4.原★『さらば長き眠り』(早川書房)
5.西澤保彦『七回死んだ男』(講談社)
6.倉知淳『過ぎ行く風はみどり色』(東京創元社)
7.加納朋子『掌の中の小鳥』(東京創元社)
8.村瀬継弥『藤田先生のミステリアスな一年』(東京創元社)
9.歌野晶午『Rommy―そして歌声が残った』(講談社)
10.宮部みゆき『夢にも思わない』(中央公論社)
11.藤原伊織『テロリストのパラソル』(講談社)
12.東野圭吾『天空の蜂』(講談社)
13.竹本健治『ウロボロスの基礎論』(講談社)
14.芦辺拓『歴史街道殺人事件』(徳間書店)
15.剣持鷹士『あきらめのよい相談者』(東京創元社)
16.山口雅也『キッド・ピストルズの慢心』(講談社)
17.北村薫『覆面作家の愛の歌』(角川書店)
18.依井貴裕『肖像画』(東京創元社)
19.黒崎緑『しゃべくり探偵の四季』(東京創元社)
20.笠井潔『三匹の猿』(福武書店)
21.北森鴻『狂乱廿四考』(東京創元社)
22.若竹七海『製造迷夢』(徳間書店)
23.西澤保彦『完全無欠の名探偵』(講談社)
24.折原一『誘拐者』(東京創元社)
25.二階堂黎人『ユリ迷宮』(講談社)
26.若竹七海『サンタクロースのせいにしよう』(集英社)
27.西澤保彦『解体諸因』(講談社)
28.東野圭吾『パラレルワールド・ラブストーリー』(中央公論社)
29.綾辻行人『鳴風荘事件』(光文社)
30.有栖川有栖『スウェーデン館の謎』(講談社)
31.篠田真由美『玄い女神』(講談社)
32.北川歩実『僕を殺した女』(新潮社)
33.大沢在昌『炎蛹』(光文社)
34.佐々木俊介『繭の夏』(東京創元社)
35.摩耶雄嵩『痾』(講談社)
36.我孫子武丸『腐蝕の街』(双葉社)
37.篠田真由美『翡翠の城』(講談社)
38.小森健太朗『ローウェル城の密室』(出版芸術社)
39.今邑彩『少女Aの殺人』(角川書店)
40.有栖川有栖『海のある奈良に死す』(双葉社)
41.今邑彩『繭の密室』(光文社)
42.仁賀克雄『〈地獄の火〉殺人事件』(講談社)
43.折原一『幸福荘の秘密』(角川書店)
44.二階堂黎人『軽井沢マジック』(徳間書店)
45.司凍季『湯布院の奇妙な下宿屋』(講談社)
◆SRの会のベストは、「SRの会」会員86名の10点満点の投票の平均による。なお、採点基準は、I歴史に残る名作、H各人のベストテンに入る優秀作、Gああ、面白かった。秀作、Fまあ、面白かった。佳作……である。宮澤のベストには、その点数も付した。
〈SR MONTHLY〉285号(1996年3月号)より。
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