前々号は1996年のベストに乗り遅れてしまって寂しかったです。京極堂の5連弾レビューとホームページ立ち上げのために一年間もろくに本が読めず、97年年末98年年始になって96年レビューを書いています。でもまあ、後で読み返せばいっしょということで。
やっぱり1996年も京極夏彦の年。SR1位『絡新婦の理』、3位『鉄鼠の檻』と圧倒的な強さを誇る。内容については先に真剣勝負を仕掛けたのでそちらを参照。京極作品については、読めること自体は本当に嬉しいが、解読する手間が並じゃない。私は京極の書評だけで他に何もできずに一生を終りたくはないので、程々の刊行ペースを望みます。
SR4位、西澤保彦『人格転移の殺人』は、作者らしいSF設定のミステリー。宇宙人が残したと思われる人格転移装置に誤って入った人々の間で、人格が入れ替わりながら起こる殺人事件。本格してくれるのは嬉しいが、道具立ての割にはシンプル。もっとごちゃごちゃにしてくれた方がよかった。この作者に対してはそれが贅沢とは思わないし。
SR5位、『『吾輩は猫である』殺人事件』では、『葦と百合』でごく一部から絶賛された奥泉光がまたもややってくれました。溺れ死んだはずの「吾輩」がなぜか上海に渡り、苦沙弥先生撲殺の記事を目にし仰天する。上海の猫たちによる推理合戦から怒涛の結末まで驀進。この途方もないホラ話、大風呂敷の広げ方には脱帽せざるをえない。やはり漱石の『夢十夜』が重要なモチーフとなり幻想味も充分。
SR8位、宮部みゆき『蒲生邸事件』は、作者得意の少年を主人公とした筋立てと、超能力を持つ人間の生き抜く闘いというテーマを、時間ものSFという枠の中で展開。歴史の改変という魅力的な概念を敢えて放棄することでこのような物語が生まれてくるとは驚き。
SR9位、今邑彩『つきまとわれて』は、語り手が次々とリレーされていく連作短編集。なかなかの話もあるが、ちょっと地味かな。
SR12位、笠井潔『群集の悪魔 デュパン第四の事件』では、E.A.ポオの世界最初の名探偵、オーギュスト・デュパンを借りて、二月革命期のパリの姿を描き出す。著者の最近の<戦後探偵小説論>に新たに群集という概念が加わる。でも、評論は評論で読ませてもらった方が面白いかも。最後に明らかになる彼の人物の正体にはびっくり。
SR18位、有栖川有栖『山伏地蔵坊の放浪』は、表題のとおり山伏が放浪中に巻き込まれた事件とその解決を語る連作短編集。まあまあの出来。久々の創元からのハードカバーだが、有栖・江神シリーズに比べたらどうしたって見劣りがしちゃう。
SR20位、倉知淳『占い師はお昼寝中』は、ぐうたらな霊媒師の辰寅叔父さんが依頼人の悩みを妖怪のせいにかこつけて解決する安楽椅子探偵もの。同じ作者の猫丸先輩シリーズよりこちらの方が好み。『星降り山荘の殺人』を読み逃がしたのは残念ではあるが。
この年デビューの森博嗣がSR21位『すべてがFになる』、38位『冷たい密室と博士たち』、39位『笑わない数学者』と3冊。五十嵐夫妻はお好きなようだが私にはなんだかなあ。私にとっては3冊目の『笑わない数学者』がようやく及第点。だが、これにしても一番ポイントが高いのが北村薫の推薦文、というのでは情けない。そのあとの作についてもあまり芳しい情報は入って来ないので期待はすまい。
SR28位に綾辻行人『フリークス』。綾辻は館シリーズよりこっちの系統の方がいいかも。ある入院患者の見た悪夢。世捨て人の男が密室でバラバラに寸断される。嫌疑は男が密かに育てて虐待したフリークスの少年四人組にかかる。一つ目、三本腕、鱗男、傴僂。訪れた探偵は真犯人とともにある秘密を指摘する。この雰囲気はなかなか好きだ。
島田荘司『龍臥亭事件』はワトソン石岡が奮闘する2千枚の超力作。非常に読ませるのだが、根本的なところでなんだか違和感を感じる。SRで40位を落ちてしまったのは、御手洗不出馬が祟ったのか、それとも皆が戸惑ったせいか。ねたばれ書評は<宮澤の探偵小説頁>参照。
1996年SRワーストは清涼院流水『コズミック』。箸にも棒にもかからない駄作かと思っていたが、なんとも壮大なホラ話、或いはバカ話だった。無駄に厚い気はするのだが。評価はもう少し保留。ただこのあとの作品の評判も決してよくはない。
早急に1997年の本に取掛かることとします。