<霧笛>連載の年間ベスト書評もこれでちょうど10周年目です。「ケイゾクは力なり」とはよく言ったものです。
毎年毎年読み残しもいっぱいあるけど、個人の好みに極端に偏ってはいるけど、一種の定点観測として意味があるものだと自分では考えています。
さて、今回もいってみましょう。
SR1位は、小野不由美『屍鬼』。リスト外だったので、敢えて読まなかった。余りにも分厚いし。この年は特に分厚い本を敬遠してしまった。
SR3位は、東野圭吾『秘密』。『屍鬼』がリスト外でこれがリストに載るというのもなにか妙な話だが、どこかで線引きが必要なのも事実。
ある男の妻と娘が同時に事故にあい、妻は死亡し、娘は奇跡的に蘇った。だが、生き返った娘には死んだ筈の妻の意識が宿っていた。そして主人公の中年男と、娘の体と妻の心を持った女性との生活が語られて行く。
実力・人気を共に兼ね備えた作者がついに推理作家協会賞を受賞した作。作者の評判のよさはデビュー作の頃から聞いてはいたが、今回が初読。
物語作者としての手腕は確かなものがある。彼らの取る行動、置かれた状況による苛立ち、そして行きついた帰結まで、これ以外はありえないという展開を見せてくれた。こうした試練のもとで究極の夫婦愛と家族愛が構築される。
結末でリドルストーリーと化すこの話は、立派に狭義の意味でもミステリーである。
SR6位は、芦辺拓『十三人目の陪審員』。この作者のものはしばらく読まないで来てしまったが、着実に腕を磨いていて、初のベスト10入り。
作者が<逆本格推理小説>と名付けた本作は、無実の罪で裁判にかけられることを意図して偽装犯罪を企てた主人公が、予想外の展開で危機に立つ話。日本で陪審員制度が導入されるという架空の設定を導入し、弁護士森江春策が堂々たる論陣を張る。
主人公を巻き込んだ陰謀は当初の予想以上に大掛かりなものであった。出口なしのこの窮地に森江が暗示した策とは何なのか。力作。この説得力は生半可なものではない。
SR9位は、宮部みゆき『理由』。人気絶頂の作者の遅すぎる直木賞受賞作。世間的には『火車』に継ぐ代表作ということになるんだろうか。巨大マンションの一室で起こった一家四人殺しを題材に取り、インタビュー形式で事件の核心に迫っていく。
不動産取得の執行妨害という犯罪をモチーフとして扱っているがため、家族や家庭という概念がもろにテーマとして響いてくる。我々の生きている時代の危うさを容赦なく白日の元にさらしながらも、一方で個々の家庭の子供たちに寄せる作者の目はとても暖かい。
宮部はもう一本、SR13位に超能力者ものの『クロスファイア』が入っている。中編集『鳩笛草』収録の「燔祭」のヒロイン青木淳子の再登場。念力放火能力(パイロキネシス)を持つ彼女は、凶悪な若者のグループを屠りつづけてきた。そんな彼女にある組織が接触してくるが……。
極めて苦い読後感は傑作『スナーク狩り』を連想させる。絶対凶悪の存在とそしてそれに対峙する力を持った人間が怪物と化すという原理。宮部みゆきの作品に隠し味として流れつづける毒気は今だ健在である。
SR10位、笠井潔『天啓の器』は、天童直己(=竹本健治)の『尾を喰らう蛇(ウロボロス)』シリーズ三作目という設定。それがなぜだか宗像冬樹(=笠井潔)名義でこうして発表されている。内容は、両者が決定的な影響を受けた仲居『ザ・ヒヌマ・マーダー』(=中井英夫『虚無への供物』)の成立秘話に迫るというもの。その物語が開幕した12月10日が仲居の命日となったのは、何者かの黒い手が働いたからではないのか。
登場人物たちが熱く語る『虚無への供物』論が何よりも嬉しい。天使的なものに対する憧憬というモチーフと、テキスト的な仕掛けの見事さも相俟って、本書が私の1998年ベストである。
SR11位は、光原百合『時計を忘れて森へいこう』。高校生の若杉翠の目を通し、自然解説指導員深森護が周囲で起きた事件に下した解釈を語る事件簿。護は森のメッセージを読むように、人の心に耳を傾ける。知ることと感じることは全然違うこと。事実をそのまま寄せ集めたって真実になるとは限らない。事実を織って物語にして、初めて人の心に届く事実ができる。
護のつづる物語が傷ついたものたちを癒していく。特に第三話、ほんの少し見方を変えただけで世界はがらりと様相を変える。新鮮さ、爽やかさを感じさせる佳作。
SR12位、京極夏彦『塗仏の宴』については他で書いたので、略。
SR14位、奥泉光『グランド・ミステリー』はタイトルに反して探偵ものではないような。ちゃんと冒頭で殺人事件も起こりはするのだが。真珠湾攻撃中の空母蒼龍の甲板上という、歴史上の転換点となる日時と場所とを舞台にとって。
だが、主人公の海軍士官は当初は友人の変死の真相を追っていたものの、途中から物語はどんどん妙な方向に進んで行く。時間は戦後に、戦前にと跳んで物語の流れは複雑を極める。『グランド・ミステリー』とは歴史そのもののことか。それとも人間の存在自体がそれなのか。
この大著を読んでの正直な感想は、いったいなんだったんだろう、といったものである。でも読んでいるときは面白かったからまあいいか。
SR21位、加納朋子『月曜日の水玉模様』は、作者得意の連作短編集。OLの片桐陶子が会社や通勤途上で遭遇した事件の数々。凄腕のビル荒しが出没したり、丸の内のワゴンセールスの人ごみの中で迷子にまとわりつかれたり。
軽く気軽に読める。でも中身は決して軽くはない。ときには会社づとめの矛盾を感じ、ときには人生そのものに直面する。やっぱりうまい作家である。
森博嗣の犀川・西之園シリーズが今年は4冊。シリーズ後半部である。前回同様SRでの順位と点数を示す。
『夏のレプリカ』 44位 6.10
『今はもうない』 43位 6.11
『数奇にして模型』 28位 6.62
『有限と微小のパン』 34位 6.42
私にとってシリーズ最高作は6作目の『幻惑の死と使途』である。奇数章だけのそれと対になる偶数章だけの7作目『夏のレプリカ』も結構よかった。
初期作の評価が低かったのは単に下手だったからだ。だが、中間作の評価が高くて、終結部がまた低くなってしまったのは、作者の意図が確信犯的にミステリーとは別の方向へ行ってしまったから。それはそれで構いはしないが。
SR29位、北村薫『朝霧』は、「円紫さんと私」シリーズ最新刊。決して悪くはないが、私にとってこの物語の旬の季節はすでに終ってしまった。少し寂しいが。
SR33位、鯨統一郎『耶馬台国はどこですか?』は残念ながら買い逃し(初版本を)。
SR36位は、城平京『名探偵に薔薇を』。第一部「メルヘン小人地獄」と第二部「毒杯パズル」の二部構造。”小人地獄”なる伝説的毒薬に呪われた藤田家。その人たちを見守る家庭教師三橋荘一郎は、友人の名探偵、瀬川みゆきに事件の解決を依頼する。名探偵としての生き方を貫こうと厳しく自己を律する瀬川の負担を増やすのを心苦しく思いつつも。
この探偵役の設定と存在感は、近年では北村薫『冬のオペラ』の坐弓彦に匹敵する。名探偵といえども、人間である以上真実の前には無傷では済まない。大きな十字架を背負って苦闘する彼女に、作者とともに薔薇を贈りたい。
SR40位は、バカミス作家と名高い霞流一の『ミステリークラブ』。題名の意味が”推理小説愛好会”のことではなく、”謎の蟹”だというんだから凄い。骨董品のコレクターが集まってくる町、中野区淡輪町に出没するという巨大蟹やら人蟹やらの噂話を巡って、私立探偵紅門福助が奮闘する。
バカミスといいながら、ギャグの合間にきちんと伏線が隠されている。犯人を割り出す推理も極めて合理的。とは言うものの、私の求めるところとは何か方向性が違うかなという感じ。評価に困る。
山口雅也『マニアックス』は、『ミステリーズ』に続く作者の非シリーズものの短編集。例によって凝りに凝った話が満載。今回で一番のお気に入りは「《次号につづく》」。パルプ作家と読者の少年の交流を描いた話と思わせつつ……。いやあ、凄かった。これほど臆面もないことをやってくれると返って清々しさまで感じてしまう。
と言うことで、私のベストは、[次項参照]。
さあ、これでようやく忍法帖が読めるぞ。