1999年ベスト

1999年ベスト


 2000年年末までいじってその後放置していた1999年分の原稿だけれど、年間ベスト書評もこの頁の売りのひとつなので多少手を入れて公開することにしました。
 この年はベスト投票前にそこそこは読んでいたつもりが、意外にもベスト7まで未読でした。

 SR1位は、高見広春『バトル・ロワイアル』。SR好みでは全くない作品で、読者数が少ないがために批判票が入らず浮上してきた感じ。中学三年生の一クラス42人が殺し合うその内容で物議をかもしたが、若い世代に大ヒットし映画化もされた。文章のテンポもいいし、非常に読みやすい。3年B組にはよくぞこんなにとも思うくらいタレントが揃っていて、先の展開が気になって読ませる。活字のマンガだと揶揄もされるが。少年犯罪の多発とも絡んで一種の社会現象と化してしまった。映画もいろいろ話題になったが、第二作はまだか。

 SR2位は東野圭吾『白夜行』。『秘密』で一般にもブレイクした作者がさらにその力を世に知らしめた作。二十年前の大阪の迷宮入りした事件に関わった二人の小学生のその後を周囲の目から淡々と描いていく。両者の周辺に相次ぐ不審な事件。具体的に何があったとも記されない。二人の結託も明示はされない。だが、不気味などす黒さを後味に残していく。そして、二十年の歳月。太陽の下を生きられず白夜の夜を昼と思って生きてきたと彼らは言の葉に漏らす。
 この構成、職人芸に徹していて見事としか言いようがない。ただ、実に惜しいことに幕の引き方がいまひとつ。後年に凄腕のハッカーとなる少年の成長過程が描かれるため、コンピュータの発展史も盛り込まれており、技術系の人間にはそこはかとなく嬉しかった。

 SR4位は森博嗣『そして二人だけになった』。もう読まないかもと思った森博嗣だが、これはなかなかよかった。最新の技術で建造されたA海峡大橋の巨大な構造物に埋め込まれたシェルターに六人の人物が閉じこもった。ところが何者かの手により外部との通信が遮断され、シェルターは完全に外界から切り離された密室と化した。外に世界は元通り存在するのかすら疑わしい状況で、一人また一人と殺されていく技術者たち。そして生き残ったのは二人の男女。
 結末を前にして明かされる解答はなかなかの優れものであった。いわゆる新本格的手法を用いての古典名作の見事なまでの再構築といったところ。何よりも解として美しい。そこまでなら結構感触よかったのだがそこからが吃驚仰天。森博嗣の一貫したテーマであった狂気が全面に出てしまった。良くも悪くもこれが持ち味である。

 SR7位は依井貴裕『夜想曲』。作者は1990年に『記念樹』でデビューしたが当時の創元新人の中ではどうもぱっとしなくて読み逃して今回が初めて。 悪夢と記憶の欠損に悩まされる俳優の元に届いた原稿は、彼が体験したはずの山荘での連続殺人を記録してあった。これが書ける者は山荘に集まった旧友たちの中にしかいないはずだ。果たして作者は何者か。そして犯人は誰なのか。悩み苦しむ彼は推理作家の多根井理に原稿を送ったが、しかし。
 なるほど。悪くはなかった。綱渡りに挑戦して一応は成功している。だがどうしても線の細さを感じてしまう。手放しでは誉められない。それでもこれくらいのレベルのものを二年に一作でも書いてくれれば言うことはないのだが。

 京極夏彦はSR8位に『巷説百物語』、10位に『百器徒然袋−雨』。
 『巷説百物語』は、『嗤う伊右衛門』登場の御行、小股潜りの又市率いる面々が頼みを受けて大悪党を退治する。このままの設定だと『必殺仕事人』になってしまうが、そこは京極、妖怪が絡んでくる。妖怪は見る者の心の中にこそある。どの話でも何らかに取り憑かれた男が地獄落ちしている。人は鬼と化す。妖怪と化す。何かに執着し歯噛みしたときにいとも簡単に。だからこそ単なる勧善懲悪に落ち着かない、人間の業の悲しみを感じさせてくれる。
 どれも捨てがたいが、自分が狸の化身だと言う老人と若殿を悩ます物の怪の出現が哀感極まりない終局に結びつく「芝右衛門狸」と、次々と現れる女の腐乱死体の謎が又市自身の古傷を抉る「帷子辻」とがベスト。

 『百器徒然袋−雨』の角書きはなんと「探偵小説」。榎木津礼次郎を主役とする中編集である。私にとっても榎木津は好きなキャラクターだが、近年はどうも道化に堕ちていた。本作でもその思いは解消されない。京極堂が出てきたらやはり榎木津は食われてしまう。京極堂抜きでやれたらどうにかなったのかもしれないが、天才京極夏彦を以ってしてもそれは無理な相談なのか。

 『百鬼夜行−陰』はミステリではないのでリスト外。『姑獲鳥の夏』に始まる長編ミステリの連作中で直接は描かれなかった場面を切り出して短編として再構成したもの。謎解き及び憑物落としがない純粋な妖怪小説となっている。 私のベストは、『絡新婦の理』で目潰し魔として跳梁した平野祐吉の発狂する「目目連」。長編を先に読んでいれば背後の仕掛けがわかるが、これだけ読んだ場合は理屈など通るわけがない。妖怪に憑かれた者が精神に異常をきたすとしか思えない。妖怪小説、即ち発狂小説である。
 だが、長編連作に殆ど関与しない人物や状況の場合では発狂も小規模なものにならざるを得ず、どうしても迫力負けする。これだけ話に落差が大きいと短編集全体としては据わりが悪い。大体京極ほどの手だれなら謎解き抜きの妖怪話なんていくらでも量産できるだろう。
 ということで、1999年の三冊の内では、『巷説百物語』がベストに決まり。

 SR9位、恩田陸『象と耳鳴り』は著者の初の本格推理短編集、のはずだがえらく奇妙な小説集になっている。著者についての予備知識がなければ途中で怒って放り出すことにもなりかねない。 基本的には、引退した判事である関根多佳雄の周辺で起こった事件を拾い集めた構成。この中で正統的な本格推理短編の最右翼が「待合室の冒険」で、その一方奇妙な味の最左翼は「新・D坂の殺人事件」。この二作品の両極の間に全ての作品が入り、どの作品が好きかでその読者の嗜好の傾向をはかるPH試験紙代わりにも使えそうだ。傾向は見事にばらばらだが、どの作品も質はよい。
 私のベストは「ニューメキシコの月」。九人の男女を人知れず殺してその死体を自宅に埋めていた男は、評判のいい医師であった。彼が何故そんな行為に及んだかを検討して行くうちに黒々とした闇が浮かび上がる。

 SR11位、殊能将之『ハサミ男』は、近年のメフィスト賞で久々の収穫という評判。連続殺人鬼「ハサミ男」が自分の手口を真似て殺された少女の周辺を洗っていく。
 評判になった作だから、どうしても風評が耳に入って来てしまう。残念ながら読む前からネタが割れてしまった。ネタに勘付いて読んでいたらそれほど大きなサプライズにはならない。それはどうにも仕方がないことだ。だが、うまいこと組み立てたなあとは思った。ただ、これは一発ネタでしかないので、この作家の真価が問われるのは第二作からになることだろう。

 SR15位、島田荘司『涙流れるままに』は、著者の久々の大長編。吉敷竹史の別れた妻加納通子の半生を総括する。通子は吉敷ものの長編に登場しつつ、そのたびごとに異様な行動を繰り返して吉敷を翻弄していた。様々な作品に断片的に書かれてきた通子の過去が本書でついに集大成された。幼少期からの藤倉兄弟との絡みや、実の姉のように慕っていた麻衣子の死のくだりがより克明に再話される。それらだけでも通子の性格と人生を歪めるかなりの大事だったし、彼女自身の家系にまつわる凄絶な事件を探りあてたこともまた痛手であった。だが、それらよりもより早い時期に体験したものらしい異形の記憶がなおもうずく。
 一方、吉敷の方は、無実を訴える死刑囚恩田の妻繁子と知り合い、免職を覚悟しつつも事件に関わっていく。様々な彷徨の末に通子の記憶と恩田事件は結びつく。懸命に事件を掘り返し端緒をつかんだ吉敷のもとに通子からの手紙が届けられる。そして結末。ただ、涙流れるままに。
 本書は島田荘司の一つの到達点である。吉敷と通子にとってと同じく。だが、随分遠くへ来てしまったなと全行程をつきあってきた一読者としては思ってしまう。 初期の大胆なトリックと読者を捻じ伏せる強腕で、著者はこの地上に奇蹟を実現させてきた。そして、それができなくなったときに著者の苦闘は始まった。 この場所をも通過点として、島田荘司が向かうところをこれからも見届けていきたい。

 SR16位、北村薫『盤上の敵』は、実力派である作者の初のノンシリーズものの長編ミステリー。パトカーに取り巻かれている我が家を見て愕然とした主人公が自宅に電話すると、聞きなれぬ声の男が出て強盗をやり損なって猟銃を持って立てこもっていると告げる。男は妻の身を案じる主人公に対しある取り引きを持ちかける。白のキングに自分を模した主人公は、白のクイーンに相当する妻を救い出すために何でもしようと決意する。例え警察と犯人との両方を欺くという難問に直面しようとも。白のキングの取る行動と白のクイーンの回想とが交互に記述され、物語はある瞬間に向かっていく。
 白の駒を語ることによりかえって盤上の黒い駒を浮き上がらせようとする手法が見事である。作品世界に絶対凶悪を出現させたことと猟銃の扱いから宮部みゆきの問題作『スナーク狩り』を連想させられた。ほのぼのばかりが北村薫ではない。冷徹さの一端は『冬のオペラ』でも既に明らかである。久々に作者の本領を垣間見せてもらった。

 SR32位に倉阪鬼一郎『田舎の事件』。本書は著者のこの年の著作のうち唯一SRのリストに載っていたもの。 日本のありふれた田舎で起こったちょっと奇妙な事件を鮮やかに切り取った連作短編集。これの元祖は勿論夢野久作『いなか、の、じけん』。久作の時代よりは田舎田舎したところも減り、東京との結びつきも比較的密になった。でも、人間は変わったろうか。 元祖には軽いコント風の話もあったがこちらはとことん悲惨。笑いをまぶしてはあるもののあまりの出来事の連続にいささか読んでいて辛くなった。
 私は元祖が凄く好きなのでどうしても比較してしまうが 残念ながら本書はその高みまではまだ至ってない。こういう評価の仕方は厳しすぎると自分でも思うが。

 若竹七海『遺品』は、ホラーなのでリスト外。 元学芸員の失意のヒロインは、近年になって再評価されてきた女優兼作家の曾根繭子の資料室の整備のために金沢の山中の銀鱗荘ホテルに雇われる。 木箱で五十三箱もあるコレクションの中には、蔵書や映画撮影時の衣装など貴重なものとともに繭子が使った割り箸やつま楊枝、下着など異様なものも含まれる。整理を進めていくヒロインの周辺に次第に奇っ怪な事件が。
 若竹七海のホラーは初めてだが、ヒロインの性格はいつもと同じ。 理不尽な目に合おうとも決して絶望せず 己のなすべきことに挑んでいく。いよいよ超自然現象だということが明らかになってもヒロインは、幽霊だって元は人間だったんだ、人間だったときの理屈に合わない行動なんて取るわけがないとのたまう。なるほどとうなずいてしまうとともに、さすがミステリの人だなあと思った。
 読んでいる最中はとても面白いが、この結末はしっくりこない。様式が確立しているミステリよりもホラーは収拾が難しいのかもしれない。

 と言うことで、私のベストは、[次項参照]。
 また少し余裕ができたらこれから2000年分もまとめたいのだけれど、こちらは何冊か新しく読まないといけないようだ。


◆宮澤1999年ベスト

1.京極夏彦『巷説百物語』G
2.北村薫『盤上の敵』F
3.島田荘司『涙流れるままに』F
4.東野圭吾『白夜行』F


◆SRの会1999年ベスト

1.高見広春『バトル・ロワイアル』(太田出版)
2.東野圭吾『白夜行』(集英社)
3.天童荒太『永遠の仔』(幻冬舎)
4.森博嗣『そして二人だけになった』(新潮社)
5.法月綸太郎『法月綸太郎の新冒険』(講談社)
6.倉知淳『幻獣遁走曲』(東京創元社)
7.依井貴裕『夜想曲』(角川書店)
8.京極夏彦『巷説百物語』(角川書店)
9.恩田陸『象と耳鳴り』(祥伝社)
10.京極夏彦『百器徒然袋−雨』(講談社)
11.殊能将之『ハサミ男』(講談社)
12.歌野晶午『放浪探偵と七つの殺人』(講談社)
13.北森鴻『メイン・ディッシュ』(集英社)
14.西澤保彦『黄金色の祈り』(文藝春秋)
15.島田荘司『涙流れるままに』(光文社)
16.北村薫『盤上の敵』(講談社)
17.土屋隆夫『ミレイの囚人』(光文社)
18.恩田陸『木曜組曲』(徳間書店)
19.貫井徳郎『プリズム』(実業之日本社)
20.西澤保彦『念力密室!』(講談社)
21.東野圭吾『私が彼を殺した』(講談社)
22.近藤史恵『カナリヤは眠れない』(祥伝社)
23.井上尚登『T.R.Y.』(角川書店)
23.折原一『暗闇の教室』(早川書房)
25.若竹七海『ヴイラ・マグノリアの殺人』(光文社)
26.貴志祐介『青の炎』(角川書店)
27.芦辺拓『不思議の国のアリバイ』(青樹社)
28.貴志祐介『クリムゾンの迷宮』(角川書店)
29.紀田順一郎『第三閲覧室』(新潮社)
30.西澤保彦『夢幻巡礼』(講談社)
31.北森鴻『屋上物語』(祥伝社)
32.倉阪鬼一郎『田舎の事件』(幻冬舎)
33.飛鳥部勝則『バベル消滅』(角川書店)
34.篠田秀幸『悪霊館の殺人』(角川春樹事務所)
35.高田崇史『QED六歌仙の暗号』(講談社)
36.篠田真由美『桜闇』(講談社)
37.二階堂黎人『クロへの長い道』(双葉社)
38.二階堂黎人『諏訪湖マジック』(徳間書店)
39.森博嗣『人形式モナリザ』(講談社)
40.浦賀和弘『頭蓋骨の中の楽園』(講談社)
41.森博嗣『黒猫の三角』(講談社)
42.新世紀「謎」倶楽部『堕天使殺人事件』(角川書店)
43.霧舎巧『ドッペルゲンガー宮』(講談社)
44.中町信『死者の贈物』(講談社)
45.島田荘司『Pの密室』(講談社)
46.愛川晶『海の仮面』(光文社)
47.藤木稟『黄泉津比良奴、暗夜行路』(徳間書店)
48.島田荘司『最後のディナー』(原書房)
48.柄刀一『サタンの僧院』(原書房)
50.有栖川有栖『ペルシャ猫の謎』(講談社)
51.柄刀一『4000年のアリバイ回廊』(光文社)
52.乾くるみ『塔の断章』(講談社)
53.新野剛志『八月のマルクス』(講談社)
54.飛鳥部勝則『N・Aの扉』(新潟日報事業社)
55.高里椎奈『銀の檻を溶かして』(講談社)
56.鯨統一郎『隕石誘拐』(光文社)
57.清涼院流水『カーニバル 人類最後の事件』(講談社)


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