前年とは違い非常に不作感が強い年だった。8点つけられたのが一作品のみ。
その私のベストが殊能将之『鏡の中は日曜日』。綾辻行人以来のいわゆる新本格館ものの総決算。
石動戯作シリーズ第三弾だが、作中作として名探偵水城優臣が登場する『梵唄荘事件』が挿入される。水城に憧れる石動はその事件の再調査を手がけるが……。館ものミステリや名探偵に対するパロディーでありオマージュ。
終局において二重の意味で名探偵は消滅させられる。
作者の曲者振りもいよいよ板についてきた感じ。
力が抜けた快作である。
第2位は、芦辺拓『グラン・ギニョール城』。お馴染み森江春策はたまたま乗り合わせた列車内で息を引き取った男から「グラン・ギニョール城の謎を解いて……」との言葉を聞く。男の所持品の中には幻の探偵雑誌が残され、それに掲載された問題編のみの犯人当て小説の題名が『グラン・ギニョール城』であった。
交互に語られるもう一つの章では、ヨーロッパの古城アンデルナット城での奇怪な事件が語られる。
現実と虚構が一章ごとに入れ替わり、次第に虚構が現実を侵食していく。だが、安易なメタのためのメタ・ミステリに堕ちないのがよい。こうなるべき必然性を非常によく押さえてある。
いろんな意味で実験作であり意欲作。その冒険心をこそ評価したい。
第3位の古処誠二『未完成』は、前年の私的いちおし新人の三作目。デビュー作『UNKNOWN』の自衛官探偵シリーズの二巻目で、前作に引き続き防衛庁調査班の朝香二尉と今回は原隊を離れて出向任務の野上三曹とが活躍する。
二人が調査に赴いたのは東シナ海に浮かぶ伊栗島の分屯基地で、なんと訓練中に小銃が紛失するという前代未聞の不祥事が起こったのだ。
基地は離島という立地と司令官の人徳のおかげで島民にも受け入れられていた。そんな自衛官にとって理想的な環境でいったい何者がこんな暴挙を行ったのか。細かな描写の積み重ねが意外な真相に説得力を与える。
作者のうまさをまたしても実感させられた。
足が地についた安定感がある。
第4位は、加納朋子『ささら さや』。
サヤの旦那は交通事故で呆気なく死んでしまった。生まれたばかりのユウスケを抱えたサヤは、二人だけでひっそり暮らそうと埼玉の田舎の佐々良市の家に引っ越してくる。
とても成仏できたもんじゃない旦那は幽霊となってサヤにぴったりくっつき、サヤがピンチになったとき思わぬ人に取り憑いて危機を救う、そんな連作短編集。
幽霊探偵の安楽椅子探偵という矛盾した設定はだんだん崩れてくるが、その作品世界に浸っているだけで心地よい。
その完成度から作者が今後ミステリーから離れていくことを予想させる。
第5位は、山田正紀『ミステリ・オペラ』。
現代の事件と昭和十三年の満州国の事件が重なる二重構造で、読者を眩暈のような混乱に誘う。
現代の部では、投身自殺した編集者の妻が夫の死を受け入れられずに彷徨する。
彼女は夫の死と関わりがあるらしい祖父の形見の稿本『宿命城殺人事件』を読み進める。彼女は夫が生きている平行世界を信じ、登場人物の中国娘と一体化するのを感じる。
戦前の部では、満州国の建国神廟創設の奉納オペラとしてモーツァルトの『魔笛』が上演されることになる。主人公の青年は舞台進行助手として満州映画協会に雇われて、一行とオペラの舞台となる秦の始皇帝の陵墓に程近い地に喇嘛様式の寺院を模して建てられた宿命城へと向かう。
ところが殷王朝の廃墟から発見された巨大な化石人骨に記された甲骨文字に見立られた連続殺人が起きていく。
大作感、満腹感は非常にある。特に戦前の部での舞台背景や雰囲気がよい。乱歩の探偵小説にもないという趣向も面白い。
ただ、検閲図書館の黙忌一郎の人物造形などどうにも中途半端な感じも強い。
一般向けでは全然なくて、「このミス」3位、「本格ミス」1位というのはいくらなんでも評価高過ぎ。
それでいてマニアから見ると底が浅くて、SR22位というのが妥当なところだろう。私は受けつけなかった口だが、問題作には違いないので私的ベストに入れておく。
この年、鮎川哲也が亡くなった。
探偵雑誌<宝石>が休刊したのは1964年。その翌年、当時の探偵作家の精神的支柱であった江戸川乱歩が亡くなった。ちょうどそのとき戦後探偵小説の墓名碑のようにそそり立ったのが、中井英夫『虚無への供物』。
2000年にミステリーブームが終わって、2001年に実作や若手発掘など様々な面で精神的支柱であった鮎川哲也が亡くなって、本当に終結が来たとしよう。
そうしたらいわゆる新本格ブームにおいての『虚無への供物』に匹敵する墓名碑は『鏡の中の日曜日』と『ミステリ・オペラ』か。一作では頼りないけど二本併せてで何とか。
<宝石>崩壊後に社会派の時代が来たように、<幻影城>崩壊後に新書戦争が起こったように、次に来るべきものは2002年の状況からだんだん見えてきたように思う。