またまたえらく時間がかかってしまった。出版当時に読んでいたのはごく僅かで、文庫化で読んだものもかなり多い。
この年は世間的にもSRでも歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』と伊坂幸太郎の評判が高く、後者はベスト10に3作も入っている。だが、どちらも私は気に入らなかった。
私のベストは以下の通り。
ベストは谺健二『赫い月照』。阪神大震災を扱った『未明の悪夢』でデビューした作者が再び神戸を舞台にした酒鬼薔薇事件に材を取ったもの。阪神大震災や酒鬼薔薇事件で精神の病を負うようになった摩山隆介は、自分の内面を小説化することにより猟奇犯罪に走った少年が心に抱え込んだ怪物を理解しようとする。彼の書き始めた小説では血飛沫零という名の少年が壊れた世界で殺戮にひた走る。
ところが摩山の身辺に書いた覚えがない原稿が出現し、しかも現実にもそれと同じ事件が起きた。
やがて摩山の目前に実体を持った血飛沫零が出現する。
異様な迫力を感じさせる。出現したシリアル・キラーによる殺戮の現場には密室と暗号が残され、それは本格ものの文法で解ける。全体が壊れているのにそういうところだけ律儀なので却って感触が異様になる。狂った話、壊れた話が好きな人には強くお勧め。
『未明の悪夢』『恋愛館事件』に続くシリーズ第三作で、私はいきなりこれを読んでしまったが、順番は守った方がよいようだ。
第2位は島田荘司『ネジ式ザゼツキー』。
タンジール蜜柑共和国は、羽を持つ女性たちがいそしみ働く巨大な蜜柑の樹の上にある村。右肘の骨を持ち主に返そうとこの地を訪れた”僕”は右腕のないルネスという妖精と知り合うが、この地は苛烈な支配者に牛耳られていた。
ルネスから頼まれて、”僕”はオーニソプターでの夜の博物館での冒険に加わる。何者かに撃たれたルネスが絶命した後で、揺さぶられた彼女の首はネジが胴体から外れて落ちて床に転がった……。
ウプラサ大学で脳を研究する御手洗潔教授の元に同僚のハインリッヒが連れてきた患者エゴン・マーカットの書いた童話である。
童話に書かれた奇怪な記述から御手洗は事実をより分けていく。そしてタンジール蜜柑共和国の現実の場所が突き止められたときにまた新たな謎が立ち上がる。島荘の豪腕ぶりは健在である。推理だけで真相を力尽くで手繰り寄せてしまい有無を言わせない。
童話のファンタジックな内容も現実の過酷さの後に迎えた結末も見事としか言いようがない。
第3位は大倉崇裕『七度狐』。
落語界を舞台とする『三人目の幽霊』の続編。
<季刊落語>の間宮緑は、牧編集長の命で春華亭古秋の一門会の取材に静岡の山間の杵槌村まで赴く。
名跡の世襲制を行なうこの流派では一門会の芸により次の代の古秋を襲名するものを抜擢しようとしていた。
ところが豪雨によるがけ崩れで村が孤立する中で奇妙な状況での殺人が起こる。
緑は牧編集長に電話で事件の推移を説明し、死体の状況は幻の落語「七度狐」の見立てではないかとされる。
このように古典的な趣向が盛り込まれるが、見立てでありながらも次の幕が何だかわからないという新機軸を出している。
芸の世界を扱って、芸に魂を奪われた者たちの有り様が尋常でない説得力で描かれる。そしてそれを貫いたところに犯行の異様な動機や最後の場面がつながっていく。
最初から最後まで化かしに満ちているが、作者自身も日常の謎系連作短編作家から堂々たる長編作家に大化けした。
第4位は、再評価の日下三蔵編『怪奇探偵小説名作選9 氷川瓏集 睡蓮夫人』にしておく。
文章がしんみりとした情感を帯びて情緒的とも和的ともいえる作風。主人公の興味を惹く和装の女性がよく出てくるが、その多くはこの世のものではない。
代表作と言ったらやはりタイトルにもなっている「睡蓮夫人」だろう。自分の周辺に不思議と見え隠れする女性の姿に惹かれた語り手は、異界のものが支配する領域へと次第に踏み込んで行く。夢想とも現実ともつかない場所での彷徨には不安が掻き立てられるとともに不思議な懐かしさが感じられる。
こうしてまとまったことにただただ感激である。
ベストに挙げたものについては満足できる。だがその他は、新しい作家になかなか食指が動かずにご贔屓だけ読んでいるが飛びぬけて面白いのにはなかなか当らない感じ。
とにかくもっとペースを上げないと金輪際新刊に追いつけない。