ずっと積ん読していたカーの伝記。出た当初の評判は凄い良かった。
去年出版されたカーのハードカバー三冊をようやく読むことができ、そろそろ頃合かと思いこちらも読み始めてみた。そうしたら『グラン・ギニョール』収録の短編がネタばれで紹介されたりもしていて、タイミング的にはちょうどよかった。あまりにも厚く、また持ち歩きにくい本なので随分と時間もかかってしまったが。
カーの全生涯に渡る極めて詳細な評伝。用いることができる資料にはみな当たり、現存の関係者にはインタビューをし尽くした。序文の謝辞や巻末の注の膨大さだけでも圧倒されてしまう。
カーの作品に対する記述も綿密である。長編短編や評伝『コナン・ドイル伝』は勿論、歴史ものや合作、果ては習作やラジオドラマの一本一本に至るまでがきちんと目配りされている。また、バンコラン、フェル博士、メリヴェール卿、マーチ大佐といった探偵役の魅力についてもいろんな角度から語られる。
作家としての生活の上では、イギリスのディテクション・クラブでの錚々たる面子との交流や、エラリー・クイーンの片割れフレドリック・ダネイとの半生を通じての友情の有り様などが楽しい。プライベートについては、愛妻クラリスとの出会いがイギリスからアメリカに向かう定期船の中でであり、彼の多くの小説にあるような一目惚れだったというのは実に微笑ましい。
だが、一方で著者はカーの暗黒面にも目を向ける。生母の理不尽な性格と確執が彼の小説によく登場する、気が強く男を支配したがるある種の女性の原型となったという説。また、愛人との離縁騒動の体験以後、二人の女性の間で揺れ動く主人公というプロットが繰り返して用いられるようになったとの指摘。
だが、全体を通して浮かび上がってくるのは、平凡な日常から逃げ出すことを望み、ありえない世界に、また冒険に憧れた少年の心を持った男の肖像である。
また一段とカーのことが好きになった。