J・D・カー特集

J・D・カー特集


 ジョン・ディクスン・カー(一九〇六−七七)
 米国生まれの推理作家。作品の質量ともにクリスティクイーンと匹敵する本格派の大御所。

 カーはメジャー・マイナーとも言うべき存在です。その名を知らない人は少ないが、読んでいる人もまた少ないのです。探偵小説の鬼を目指す私でさえ、カーは大学入学までにたった四冊(内ジュヴナイル二冊)しか読んでいませんでした。私が本格的にカーを読むようになったのは、二つの評論に出合ってからです。江戸川乱歩「カー問答」と松田道弘「新カー問答」です。(両者とも名探偵読本『エラリー・クイーンとそのライヴァルたち』収録) 前者はこれを読んだミステリファンは必ずカーが読みたくなると言われるほどの激しい熱気がこもった文章であり、後者は前者の勇み足的な部分を訂正した好一対というべき評論です。この二つの問答をタネにしてカーについて書いてみます。

 カーが日本で受けない理由は、まず歴史的には翻訳が悪かったことです。戦前から戦後初期にかけて誤訳、抄訳、悪訳が重なりオールドファンの印象を極端に悪くしたのです(伴大矩(ばんだいん)訳『魔棺殺人事件』は有名)。その結果カーは当たらないというジンクスができ、その後訳された作品もあらかた絶版になりました。戦前のファンは粗訳に泣き、戦後のファンは絶版に泣いたと言われます。その風潮は現在もなお残り、御三家の中でカーだけ未訳長編があるし、またなかなか文庫化もしてくれません。(クリスティとは雲泥だなあ……。)

 加えて読み手の側にも根強い誤解があります。カーはオカルティズムの作家と言われます。そう聞くだけで読む気をなくす人がいるでしょう。私もそうでした。昔は臆病だったので。私がカーを読むようになった動機の一つは、乱歩を読み尽くした後で大抵のものを読んでも怖くならない自信がついたことです。で、実際に読んでみると、そのオカルティズムというのもそんなにあくどいものじゃないことがわかりました。作品の彩りやミスディレクションとして使われているだけです。中にはどぎついのもありましたが、それでもカーの作品は、乱歩の通俗物よりはるかに健全だし、正史ほどおどろでもありません。(例が悪いような気はする。)

 次に作風に関して。カーがチェスタトンの影響を受けているのは乱歩さんの指摘したところです。チェスタトンは私も大変好きな作家です(本誌二号参照)。彼の空想的探偵小説、いわゆるイギリス風お伽噺を長編でやろうとしたのがカーなのです。彼らの作品は非現実の度合いが強くその奥底にあるのは遊び心です。遊び心に溢れた本格探偵小説。これぞ私が最も愛するものです。

 また、松田氏はカーの特徴を伝奇騎士物語(ロマンス)好み、奇術愛好癖、職人作家としてのサービス精神の三つだとしています。

 カーはよく密室派(ロックド・ルーム・スクール)作家と呼ばれますが、別にそれしか書かないわけではありません。その他彼が好んで取り上げるのは、準密室と言うべき足跡テーマ、人間消失テーマ、衆人環視のなかでの怪死テーマ、不可解な墜落テーマなどです。要するに奇術が好きなんです。

 そして、カーは決してガチガチの本格派作家ではありません。読者に挑戦するよりも、読者を楽しませ自分も楽しもうとしています。なにしろチェスタトンの血をひいているから……。例えばヴァン・ダインの二〇則を目の敵にしている節が見られます。第三則“恋愛(ロマンス)を扱ってはならない”を破るのは毎度のことです(大概ハッピーエンドですが、そうでない話も極少数あります)。第四則はあれで破り、第八則はあれで……。しゃあしゃあと秘密の抜け穴を使ってみせる話さえあります(これはノックスの一〇戒第三項)。そういうのを読んだとき、面白けりゃいいんだろうと自信満々の職人カーの顔が目に浮かぶような気がします。

 こうしたエンターテイナー的な性格を全く無視されて、密室教の教祖扱いされていることがカーの最大の不幸だと松田氏は述べています。

 さて、今回はいつものリストに載っている作品に乱歩さんの四段階評価での第一位、第二位、松田氏のベストを加えた二十一編をレビュウします。各人の評価がてんでばらばらなことに御注目ください。


  <第一期>  一九三〇−三二
 (147)『夜歩く』  乱二
 これがカーの処女作です。舞台は彼が遊学していたフランス。探偵役はパリ警視庁の大立者アンリ・バンコラン。
 精神病院から脱走した前夫が整形手術で顔を変えヒロインを付け狙い、結婚式の当夜新郎の首が密室の中で斬り落とされるという非常にショッキングな場面で始まります。随分無理なところが目につくのですが、異様な迫力に圧倒されます。


  <第二期>  一九三三−三九
 幾つかの習作を物した後、カーは英国人女性と結婚し、英国に移住しました。そして彼は別の出版社向けの新しい分身を創り出しました。本当はニコラス・ウッドを名乗るつもりでしたが、社が勝手にカー・ディクスンの名を使ってしまい、元の社から苦情を受けました。それですったもんだの末カーター・ディクスンの筆名が生まれたのです(つまらん理由だ)。

 更に彼は二人の探偵役を創造しました。ギディオン・フェル博士(カー名義)、そしてH・Mことヘンリー・メリヴェール卿(ディクスン名義)です。どちらも巨漢、一見気難しい不平家、しかし本当は慈悲深く暖かい愛すべき人物です。前者はチェスタトン、後者はチャーチルがモデルだと言われています。不可能犯罪にオカルティズムのカーの作品も、この二人の不良老年の御陰でぐっと諧謔性に富んだものになりました。

 フェル博士物
 (179)『帽子収集狂事件』  乱一
 これが乱歩さんの第一位の筆頭にあった作品です。そういうわけで私は非常に期待して読みました。そして読み終わって思いました。どうしてこれがそんなに面白いんだと。
 松田氏がカーの作品の評価は読み手によってひどく異なるし、特に乱歩は好みが強すぎると書いていました。それを読み逃がしたための失敗です。
 帽子収集狂、ロンドン塔、そしてポオの未発表原稿。トリックもよく考えられており、乱歩さんが誉めるのもある程度まではわかるのですが……。

 『死時計』  乱二
 “フェル博士の手がけた最大の事件”とあったけど、そんなに凄いとは思えません。凶器が時計の長針というのは悪くないし、犯人も意外だったけど。

 (20)『三つの棺』  乱二
 本誌四号参照。トリックもいい。フェル博士の<密室講義>も素晴らしい。

 『アラビアンナイトの殺人』  乱二
 深夜博物館の外塀の上に腰掛けていた頬髭の老人。怪老人は警官に襲いかかり、何処かへ消失した。
 それを皮切りに巻き起こるドタバタと怪奇のアラベスク。捜査が進むにつれて謎は解ける。しかし、それがまた新たな謎を呼ぶ。三人の警察官に事件の顛末を聞いたフェル博士は安楽椅子探偵でずばり犯人を指摘する。
 しかし、これだけ分厚い物(四八四頁)を読まされた後で、フェル博士の解決編がたったあれだけ(二二頁)って、少しめげましたよ。うん。

 『死者はよみがえる』  乱一
 まんまと引っ掛かりました。そしてそれが嬉しくてしかたありません。作者がこの作品で読者に仕掛けた罠はルール違反すれすれです。初心者が読んだら怒りそうな/マニア垂涎の傑作です。また、これはチェスタトンの影響が一番色濃く出ている作品だと言われます。(まあチェスタトンの亜流としてカーを読んでいるわけじゃないけど。)
 なお、この作品には死者再現の神秘なんてまるで描かれていません。乱歩さんの嘘つき!

 (98)『曲った蝶番』  乱二
 名門ファーンリ家に自分こそ真の当主と称する男が現れた。彼はタイタニック号の事故のときに入れ替わられたのだと主張する。そして現当主が生垣の迷路の中で怪死し、唯一の決め手の指紋帳まで紛失した。自動人形や悪魔礼拝も絡む怪事件。
 トリックがすこぶる奇抜です。解決編の扉でチェスタトンの「青い十字架」を引用しているところがにくい。

 H・M物
 (27)『プレーグ・コートの殺人』  乱一
 黒死病で死んだ絞刑吏の怨念が取り憑いたと言われる屋敷。 その石室で心霊学教授が殺された。完全密室を出入りしたのは果たして何者か。
 この話のトリックを私は読む前から知っていましたが(知らない人の方が少ないと思う)、犯人は当たりませんでした。冒頭付近のさりげない挿話が後で真犯人を確定するための重大な手掛かりとなるあたりがすぐれもの。

 (78)『白い僧院の殺人』  乱二
 白い僧院と呼ばれる由緒ある屋敷の別館でハリウッド女優の死体が発見された。現場の周囲は雪に覆われ、足跡は発見者のものしかない。また、彼も犯人ではありえない。
 こうした二次元の密室ともいうべき状況をH・Mは関係者の心理を読むことによって看破します。変なメカニズムなぞ使っていないところが出色の出来ばえです。
 それから、この話でカーはなかなか意地の悪いことをしています。凶器のある情景とない情景をなにげなく描写しておいて、解決編で“この点に疑問を感じる読者は、×頁と△頁を参照されたい”とやったのです。これも稚気の現れなんだろうけど悔しかったなあ。

 (179)『赤後家の殺人』  乱一
 二時間以上一人でいるとどんな人間でも必ず毒死すると言われる赤後家の部屋。この部屋に実験のために籠った男がやはり毒死した。密室、そして関係者全員にアリバイがあるという不可能犯罪。事件発生の前から関わっていたH・Mは紆余曲折の末に意外な、そして実に単純な真相に到達します。
 フランス革命時の処刑吏サンソン家の家具に仕掛けられた被害者を自ら毒死に追い込む罠と現代に生きる殺人者のトリックが見事に融合しています。

 (53)『一角獣の怪』  乱三
 東京創元社のカー作品集全一二巻のうちで未だに(初版刊行後二八年)文庫化されていない唯一の作品です。Kayちゃんよりお借りしました。
 舞台はフランス。ジゴマ、ファントマ以来の伝統に従って、希代の怪盗フラマンドが跳梁し、パリ警視庁の大警部ギャスケがそれを追う。両人とも変装の達人でありその素顔を知るものはいない。英国外交官が携えた謎の“一角獣”が狙われH・M一行もそれに巻き込まれる。そして衆人環視の中で殺された男の眉間には角で突かれたような創傷が……。
 二人一役や三人一役が複雑に絡み合い、なにがなんだかわからなくなります。肝心の一角獣の正体はたいしたものじゃなかったけど、真相を知ったときにはぶっとんでしまいました。食えない人です、カーって。そこが好きなんだけど。

 (121)『ユダの窓』  乱一
 この話のトリックを知らない人はまずいないと思います。プロローグとエピローグの間がすべて法廷場面でH・Mの弁護手腕が拝めます。主人公が二重三重の食違いによってとんでもない災難に陥るところがなかなかでした。
 それからこれには作品そのものが成立しなくなるようなミスが一つあります。

 (75)『読者よ欺かるるなかれ』  乱二
 あるパーティーに招かれた読心術師がその当主の死を予言し、その予言どおり彼は怪死した。読心術師はそれが彼の思念放射、テレフォースの為せる技だと宣言した。そしてテレフォースによる第二、第三の殺人が……。
 欺かれました。凄い背負投げを喰らいました。まいったなあ。

 単発物
 (8)『火刑法廷』  乱一、松
 この作品に関してはあちこちで何回も触れてきましたが、いつも奥歯に物が挟まったような言い方しかできませんでした。なぜならこの作品の素晴らしさはタネを明かさないことには説明の仕様がないからです。終章の仕掛けは“意外な結末”程度の生やさしいものではありません。戦慄と恐怖のカタストロフィーが読者を襲います。
 絶対に解説は先に読まないこと。


  <第三期>  一九三九−五三
 第二次世界大戦から戦後初期の作風です。この頃から探偵小説界にもリアリズムの風が吹き始め、もう一方の本格派の将クイーンも『災厄の町』(四二年)あたりから作風を改めています。ところがカーときたら相変わらず手品小説を書き続けていました。でも、旧態依然というわけではありません。
 まずトリックとプロットの簡単化です。第二期作品の何重にも解釈される不可能状況の魅力から単純な謎の生み出す効果というものへ作者の力点が移ってきました。心理学的手法を用いた話もあります。
 そしてオカルト色が薄れ、代りにユーモア味が強くなりました。特にディクスン名義の作品では、H・M卿御大からスラップスティックコメディを演じていてそれが名物になっているほどです。
 この時期の作品は初心者にも楽しく読めると思います。

 フェル博士物
 (98)『緑のカプセルの謎』  松
 村の菓子屋で毒入りチョコレートが売られ、子供たちの中から犠牲者が出るという惨事が起こった。そして犯罪研究を趣味とする荘園の主が犯行方法を暴くための公開実験の芝居中に、帽子や黒眼鏡で素顔を隠した透明人間そっくりの男に緑のカプセルを飲まされて毒殺されてしまった。実験観察者たちは相互にアリバイを証明し、謎は深まるばかり。
 殺された主人というのがなかなかユニークな人物です。その持論は人間の観察なんてまるで当てにならないというもの。彼のショーには様々な罠が仕掛けられていました。従って被害者自身が犯人の正体を不明にするのに一役も二役もかうという皮肉なことに。
 “心理学的推理小説”という副題の付いた自信作です。フェル博士の毒殺者についての講義も面白い。

 (121)『連続殺人事件』
 これはトリック的にはたいした話じゃないです。でも楽しく読めました。
 スコットランドの古城を舞台に繰り広げられる恋と冒険の物語。他殺としか思えない自殺事件と自殺としか思えない他殺事件。塔上の亡霊。そしてユーモア。
 私は主人公たちが地酒に酔っ払って大剣戟戦をおっぱじめるところが非常に馬鹿馬鹿しくて好きです。

 H・M物
 (141)『貴婦人として死す』  松
 松田氏のリストの筆頭にあった作品です。一見ありふれた心中事件、しかしその裏には実に根深い謎が秘められていました。
 この作品の犯人の隠し方はもろ心理の盲点を突いていました。このトリックはどちらかというと作者が読者に仕掛ける部類のものです。そしてそれは人生の皮肉というものを切々と読者に感じさせます。途方もない悲劇になるところをH・Mのキャラクターが救っていました。

 『爬虫類館の殺人』  松
 動物園の園長が内側から目張りされた部屋でガス中毒死し、ボルネオ産の小さな木蛇も彼と運命を伴にした。自殺のように思えた。しかし、彼が蛇を殺すはずがない。
 時は一九四〇年九月、戦時色が濃厚です。殺された園長も空襲の際の動物の処置に悩んでいました。特筆すべきことにカーは第二次世界大戦そのものを密室トリックのミスディレクションにしてしまったのです。自ら三度も爆撃にあいながらその戦争をミステリに使ってしまう。その心意気には頭が下がります。
 それからこの話には四代に渡ってどちらがどちらのタネを盗んだかでいがみ合っていた二つの著名な奇術師の家柄の末裔が登場します。

 単発物
 (17)『皇帝のかぎ煙草入れ』  乱一
 本誌四号参照。この作品は短編型トリックを長編に盛った例としてよく引き合いに出されます。


  <第四期>  一九五〇−七二
 晩年期の作風は歴史物です。この時期の作品は実在事件に取材した純歴史ミステリ、ミステリ味のある伝奇小説、時代風俗色の強い推理小説の三つに分けられます。ここでは第二のタイプの作品二つを取り上げることになりました。

 (106)『ビロードの悪魔』  松
 設定が凄いのです。
 歴史学者のフェントン教授は悪魔と契約して時を遡り、二百年前の同姓同名の貴族に憑依した。彼の目的は理想の女性である貴族の妻を毒殺者の手から守ること。果たして彼は悪魔と歴史を敵にまわして妻を救うことができるだろうか。
 SFとミステリと剣戟小説が完全に三位一体化されています。この結末によるこの不思議な感動は他に比するものを知りません。

 『喉切り隊長』  松
 イギリス本土侵攻を目前に控えたナポレオンの率いるフランス軍に変事が生じた。“喉切り隊長”と名乗る姿なき暗殺者が跳梁を始めたのだ。皇帝の命を受けた警務大臣フーシェは、逮捕したばかりのイギリス人スパイのヘッバーンをその探索に当てる。両者の虚々実々の駆引きの末に明かされる暗殺者の正体とは……。


 短編についても触れてみましょう。
 短編のみに登場する探偵としては、マーチ大佐がいます。この人もやっぱり巨漢。奇妙奇天烈な事件を一手に引き受けるロンドン警視庁D三課の捜査課長です。「空中の足跡」は絶品。
 それから「パリから来た紳士」と「妖魔の森の家」の二編が代表的短編に数えられています。前者は探偵役が非常に意外な歴史ミステリ。後者は人間消失テーマのH・M物です。

 最後に先人たちに習い、最も面白かったカーの長編をあげます。読む前からトリックを知っていたような話は除いて、

 カーの長編は七〇冊、私の読んだのはその三分の一です。さらなる名作を求めてカーを読み続ける私は、着実にカーきちへの道を歩いていくのです。



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