G・K・チェスタトン特集

G・K・チェスタトン特集


 今回の特集は、チェスタトンです。この人はわりとメジャーどころで、誰でもブラウン神父の名前ぐらいは知っているでしょう。 −知らなきゃここで覚えてください。

 ギルバート・キース・チェスタトン(一八七四−一九三六)
 英国の小説家・批評家・詩人。宗教・政治・文芸・美術などのあらゆる分野で異彩を放った才人。俗にポオ、ドイルの他唯一、人名辞典に名前が載る探偵作家と言われる。彼の最大の武器は哲学的乃至神学的逆説。
 では、作品について御紹介しましょう。

  ブラウン神父譚
 (18)『ブラウン神父の童心』12編
 (83)『ブラウン神父の知恵』12編
   『ブラウン神父の不信』8編
   『ブラウン神父の秘密』8編+2
   『ブラウン神父の醜聞』9編
 ブラウン神父が「青い十字架」(童)で初登場したとき、こんな描写がされています。

 田舎者と不器用を絵に画いたような坊さん −そんな神父がパリ警察の主任で世界一有名な探偵ヴァランタンを向こうに回して、国際的盗賊フランボウを見事に逮捕します。神父は、驚き呆れる二人に向かってあどけない丸顔に微笑を浮かべながら、
 「なに、独身者のとんまだからでしょうな。他人のほんとの罪を聞くよりほかに、することがなんにもないような男が、人間悪についてなんにも知らずにいるなんてことがありますかね?」
 すっかり脱帽した二人は、神父に一礼しますが、その当の相手ときたら、目をしばたたきながらこうもりがさを探しているのです。

 その後、ヴァランタンは第二話「秘密の花園」で呆気ない最期を遂げます。(これはなかなか面白いトリックを使った作品です。現代の科学捜査じゃすぐばれるだろうけど。)

 フランボウの方は、「奇妙な足音」「飛ぶ星」の二作品で丁丁発止とやり合った後、説諭されて私立探偵に転業します。盗賊時代のフランボウときたら、天才の閃きと巨大な身の丈と不敵な腕力を持ち、おまけに驚くべき軽業師といった具合。前者では、一着の夜会服を小道具に大量の銀器を盗み出そうとするし、後者で警官を始末した手口は大変愉快なものでした。ところが、探偵になってからは、並みのワトソン役程度の(知的)活躍しかしません。これは神父が偉大すぎるせいもあるでしょうが。なにしろ神父は、足音に耳を澄ましただけで彼の犯罪を見破った人ですから。フランボウは全部で16編に登場します。

 その後の作品を順に追ってみましょう。
 「見えない男」
 四人の人間に見張られた部屋にいた男が殺され、その死体までも消失した。見えざる男の正体は?人間心理の盲点を突いた佳作。

 「サラディン公の罪」
 ブラウン神父は語る。一人の男が二人の敵を持っていた。それは賢い男だったので、二人の敵は一人の敵よりもましだということ発見した……。この話大好きです。

 「折れた剣」
 英国のセント・クレア将軍は、偉大な軍人だったが最後の戦闘で無謀な作戦をとり、部隊を全滅させた。この歴史の謎をブラウン神父が解き明かす。

 「グラス氏の失踪」(知)
 ただ一言。逆説のお手本みたいな作品です。

 「機器のあやまち」
 心理測定器(ポリグラフ)について神父は言う。なにかをぴたりと指しているステッキには一つ不便な点がある。その反対のはしが正反対の方向を指すということだ。 −アメリカ人に対する皮肉なんかもあってなかなか楽しい物語。

 「紫の鬘」
 エスクムア公爵家には呪いがかかっている。奇形の耳とは? 鬘の下には何が? 幽霊話と思いきや実は抱腹絶倒の喜劇。

 「ペンドラゴン一族の滅亡」
 奇抜な着想において並ぶものなし。

 「ブラウン神父の復活」(不)
 ブラウン神父がホームズ張りに復活する。葬儀の最中に甦った神父が一番にとった行動とは?

 「ムーン・クレサントの奇跡」
 非常に有名なトリックを用いながらも、その小説世界に惑わされてまるで見当がつきません。

 「大法律家の鏡」(秘)
 著名な判事が殺され一人の詩人が告訴された。神父は、検察側弁護人が禿頭であるという事実をもって反対弁論の論拠とする!?

 「マーン城の喪主」
 決闘で従兄弟を殺したマーン候は三十年間喪に服していた。だがその真相はさらにひどいものだった。作者の激しい宗教観が吐露されている好編。

 「ブラウン神父の醜聞」(醜)
 社交界の女王と著名詩人の駆け落ち。神父たる者がその手引きをした!? 本誌でロマンス特集を組むときにはぜひ取り上げたい作品。


  その他の作品について
 ブラウン神父の名声に隠れてはいますが、チェスタトンはまだ他に傑作を物しています。こちらの方により本領が発揮されていると言う人もいるくらいで……。

 『奇商クラブ』6編、他2中編
 奇商クラブ −その会員は既存のいかなる商売の応用、変形でない完全に新しい商売を発明し生活を支えなければならない。この変わったクラブの面々をめぐって起こる事件を解き明かすのがバジル・グラント −英国でも一、二を争う判事でありながら裁判官席で発狂して隠退したという人物。
 これは作者の最初の推理小説であり、力不足のところもありますが、それでも次々と出てくる珍商売には笑ってしまいます。
 併録中編の一つ「驕りの樹」も面白い作品です。コーンウォールの寒村に立つ“孔雀の樹”。それにまつわる奇怪な伝説。村人を襲う熱病。そして突然の郷士失踪事件……。最後の一句が実に効いています。

 (78)『木曜の男』
 これは作者唯一の長編推理小説で『トレント最後の事件』の著者、親友E・C・ベントリーに捧げられています。
 無政府主義者の秘密結社。そこに潜入した刑事 −どんなイメージを抱いたか知りませんが、それはきっぱり捨ててください。単なる刑事ではありません。本業は詩人です。不正と同時に正義も憎む哲学的無政府主義組織に対抗するために組織された哲学的警察官なのです。
 主人公ガブリエル・サイムは、木曜となって無政府主義中央委員会にのりこみます。次々と明らかになる月曜から土曜までの委員たちの正体! そして委員長日曜の意外な正体!!
 実は読みながら戦々恐々していたのですが、やはり×ラン落ちの話でした。しかし、サイムがその真の意を悟ったとき、ただでさえ巨大な日曜の顔がますます大きくなり、やがては空全体を覆い、そして何もかも見えなくなり……。
 “ある悪夢”と副題がついております。

 (92)『詩人と狂人たち』8編
 この作品は、狂人が犯した犯罪を半狂人の探偵が解明するという恐るべき設定で、完全に並の推理小説の域を越えています。“世界幻想文学体系”にも収録されていました。
 主人公の名はガブリエル・ゲイル。三流詩人兼一流画家。彼は言います。
 「実際的な点に関する調査だと、僕なぞ阿呆も同然です。でも、もし、あたり一面に付いた誰かの手の跡を見せられたら、その男が逆立ちして歩いていたのはなぜか教えてあげましょう。僕自身狂人であり、逆立ちをよくやるからこそ、それがわかるのです。」
 「ガブリエル・ゲイルの犯罪」「孔雀の家」の二編が特に気に入っています。

 (190)『ポンド氏の逆説』
 ポンドという名の官吏が語る物語という形はとっていますが、実は逆説小説とでも言うべきものになっているのです。
 ポンド氏の奇妙な発言の数々 −規律が良すぎて万事がうまく行かない。死刑執行停止命令を携えた伝令が途中で死んだために囚人が釈放された。ああいうふうにのみこみがよくちゃ、なにものみこめやしない。完全に意見が一致したために二人の男の一人が相手を殺した。影法師を一番見誤りやすいのは、それが寸分の狂いもなく実物の姿をしている時だ。背が高すぎるために目立たない……等々。
 どうつじつまを合わせるかお手並拝見といったところです。


  おまけ
 「竜とカクレンボ」 『ビバ!ドラゴン』(ハヤカワFT文庫)
 やたら余白の多い本でした。それだけ。

 『探偵小説の世紀(上)』
 結局やはり買っちゃいました。

 チェスタトンの作品は、多少のむらこそあれ、みな水準以上です。敢えて採点する必要はありますまい。



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