「指名手配の男」は一時期ドイルの遺作ではないかと騒がれたホームズの登場する短編である。その作者が誰かを巡り訴訟沙汰にまでなったが、結局ホイテカーという建築技師の作ということに落着いた。ドイルが彼の原稿を買ったのだという。しかしどこまでが真実だろうか。
ドイルの末子エイドリアンはシャーロッキアンの間では評判の悪い人物だった。親の遺産で豪奢な生活をし、亡父を偶像に祭り上げ他者にもそれを強制した。クイーン編『シャーロック・ホームズの災難』を絶版にし、また『コナン・ドイル伝』を執筆していたカーにもいろいろいちゃもんをつけたらしい。カーとの合作『シャーロック・ホームズの功績』は途中で物別れとなった。彼のこうした態度に業を煮やした何者かが原稿をドイルの遺品の中に紛れ込ませたとしたら……。
その人物は当然遺品に近付ける者である。そしてその作品の出来からかなり手慣れた贋作者だとわかる。また作品の中に注意深く読めば贋作とわかる手掛かりをちりばめた茶目っ気。ホイテカーに贋造したドイルの手紙と原稿の写しを与え後世の混乱を防いだこと。さらに作品のトリックは一人二役による人間消失だった。こういう手品トリックを好む人物といえば、そう、ジョン・ディクスン・カーである。
『帽子収集狂事件』のポオの遺稿などカーはこういうものに強い関心を抱いていた。遺稿発見直前に彼はそれと同じような情況の話を書いていた。そして『コナン・ドイル伝』でのこの作品に関する記述……。
だが本当のところは誰もわからない。
(<EQ>11号より 新保博久の説)