ホームズ・パロディ,パスティシュ特集

ホームズ・パロディ,パスティシュ特集


 世にはシャーロッキアンなる熱狂的なホームズ・ファンがいて彼らが正典(キャノン)と称するホームズ物で遊んでいます。私は正典の一冊も手元に置いてない落ちこぼれシャーロッキアンですが、ホームズのパロディ、パスティシュ(贋作)が好きで集めていました。で、今回レビュウしようと本格的に集めてみると、あるわ、あるわ。


 『シャーロック・ホームズの功績』
   アドリアン・コナン・ドイル&
ジョン・ディクスン・カー
 アドリアンはドイルの息子であり、カーはある意味ではドイルの弟子です。この二人がドイルの残した創作メモをもとに「書かれざる事件」一ダースをまとめたのがこの短編集です。最も正統的なパスティシュと言えるでしょう。
 でもその内容は、正典と比べると見劣りするし、駄作も少なくありません。やはりドイルは偉大なんだなあ。


 『ソーラー・ポンズの事件簿』
   A・ダーレス
 数あるホームズ・パスティシュの中で一番重要なのはこのシリーズです。なにしろ本家のベーカー街遊撃隊(ストリート・イレギュラーズ)になぞらえてプレイド街遊撃隊というファンクラブまであるくらいですから。
 主人公は“プレイド街のシャーロック・ホームズ”と呼ばれるソーラー・ポンズ。語り手はリンドン・パーカー博士。この二人が活躍するポンズ譚は正典と比べてもまるで遜色がありません。
 ソーラーリアン(?)たちもシャーロッキアンたちに負けず劣らず熱心です。例えばロンドンを舞台としているのに作者はアメリカ人なのでどうしても米語的表現やミスが入ります。それをパーカー博士がアメリカの大学を出ているためだと説明しちゃうのです。
 しかし、別冊奇天『SFミステリ大全集』収録の「時空海賊事件」(M・レナルズとの共作)にはのけぞりました。こんなパロディSFを書いていたとは思いもよらなかったので。


 『シャーロック・ホームズ −ガス燈に浮かぶその生涯−』
   W・S・ベアリング=グールド
 この本はパロディともパスティシュともつかぬ架空伝記です。著者は正典の六十件の事件を発生年代順に並べ替え、また正典以外の資料からも補って、ホームズの生涯を系統的に書き上げました。
 例えば、ワトスン博士の最初の奥方の名前を知りたければ、この本を見るのです。(『四つの署名』のヒロイン、メアリ・モースタン嬢は二度目の妻だったのです。)
 他にもホームズとチャレンジャー教授は従兄弟だったとか、ワトスンが切り裂きジャック相手に大活躍したとか、ホームズは大空白期にチベットで雪男を調査したとか、そんな楽しいことでいっぱいです。
 今回レヴュウした本の何冊かは本書に基づいて書かれていました。


 『シャーロック・ホームズ 十七の愉しみ』
   J・E・ホルロイド編
 十七というのは、ベーカー街二二一Bのホームズの部屋に至る階段の段数です。この本にはホームズについての研究、エッセイなどが計十七編収めてあり、パロディ二編、パスティシュ三編もその中に含まれています。ワトスンのホームズに対する不満が爆発した「ワトスン先生大いに語る」(A・A・ミルン)や、ホームズが冷酷にモリアーティを殺す様を描いた「甥が語るモリアーティ死亡の秘話」(W・S・ブリストウ)がこの本の収穫です。


 「遅かりしエルロック・ショルメス」『アルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメス』
   
M・ルブラン
 ワトスンならぬウィルソンを引連れたホームズならぬショルメスがアルセーヌ・ルパンと対決!という話です。
 熱心なシャーロッキアンの間では非常に受けの悪い話なのですが、実はその中に作者のホームズに対する敬愛が込められているという……(読み耽った弱みがあるからなあ)。
 それから『奇巌城』でルパンの二番目の妻レイモンドがショルメスに射殺されているけど、これはなんだったんだろう。


 『恐怖の研究』
   
E・クイーン
 一八八八年、希代の殺人鬼切り裂きジャックはロンドンを恐怖のどん底に陥れていた。それから八十年後、エラリー・クイーンの許に届けられたホームズとジャックの死闘を描いたワトスンの原稿。
 実在事件に二人の名探偵を挑ませるという趣向が素敵です。パスティシュとしての出来もよく、全体的にそつなくまとまってはいますが、少々面白味に欠けるきらいも。
 でも切り裂きジャックって本当は何者だったんでしょう。


 『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険』
   N・メイヤー
 ホームズはコカイン中毒による妄想でモリアーティという男が自分を付け狙っていると信じていた。だが彼は無害な人物なのだ。ワトスンはマイクロフトと協力し、ホームズをウィーンに連れて行く。そこには精神病理学者のフロイト教授がいた。ホームズはなぜコカインに頼るようになったか。なぜモリアーティを仇敵と信じるのか。なぜ女性を嫌い、また自分の過去を語ろうとしないのか。ホームズの心の謎をフロイトが解き明かす。
 残念ながら本が手に入らず、映画を昔見ただけですがわりと良かったですよ。
 続編『ウエスト・エンドの恐怖』は、バーナード・ショウやオスカー・ワイルドも登場する演劇界を舞台にした殺人事件だけど、そういった人物は単なる刺し身の妻に過ぎない。これでは人気出るわけないよねえ。


 『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』
   M・W&W・ウェルマン
 一九〇二年六月、地球は火星の侵略を受けた。そして侵略者たちが敗退する影にシャーロック・ホームズとジョージ・エドワード・チャレンジャー教授の活躍があったのだ。
 ウエルズの古典的名作『宇宙戦争』にドイルの創造した二大キャラクターをぶつけるときたらそれだけでわくわくしてしまいます。ホームズもチャレンジャー教授もたいへんそれらしく書かれているし。
 でも私はこの話はあまり好きでないんです。ワトスンがまるでバカみたいじゃないですか。特に訳者の言いぐさがひどい。「ワトスンがかなり“鈍い”人間であることはつとに知られていますが」とか、「ここではワトスンが語り手ではありませんから、その叙述はじゅうぶん信用できるのです。」とか。自作の中でホームズを引き立てるためにことさら自分を鈍く書く。ワトスンはそういう男だ。記述が不正確だって? 依頼人の秘密を守るためには仕方がないじゃないか。
 作者も訳者も単にふざけているだけかもしれないけれども、ワトスン博士の名誉のためにマジで怒ってしまった私でした。


 『蜜の味』
   H・F・ハード
 田舎に隠棲した“私”は奇妙な事件に巻き込まれた。毒蜂の群れに襲われたのだ。殺人蜂を育てる養蜂家と対決するマイクロフト老人とは何者?
 どうも文章がくだくだしくていただけません。些か考えさせるところがないわけでもないけど、そもそも事件そのものが焼き直し臭いのです。ワトスンが書いたら短編にしかならないものをと思うと非常に虚しい。


 『シャーロック・ホームズの復活』
   
J・シモンズ
 二十世紀のロンドンに謎の殺人事件が相次いだ。必死の捜査網を張り巡らすスコットランドヤードに挑戦したのは、ホームズに傾倒する一テレビ俳優だった。
 主人公の俳優はお人よしで頑固で自動車嫌いというちょっと古風な人物。ホームズらしからぬ失敗もやらかす。彼をだしにしたヴィクトリア朝と現代のロンドンの対比が楽しい。


 『ホームズ最後の対決』
   R・L・ホール
 ライヘンバッハの事件より十四年、モリアーティは復活した。犯罪界のナポレオンは死んでいなかったのだ。ホームズは偽りの隠退を宣言し秘密捜査に身を投じた。消息を絶ったホームズを求めてワトスンの探索が今始まる。
 ワトスン博士の活躍がとてもうれしい。彼の前に出現したモリアーティがホームズそっくりの顔をしていたり、マイクロフトが架空の人物であることが判明したり、魅力的な謎も充分です。結末は完全にSFです。とはいうもののSFの部分が全体の足を引っ張っているような気もします。きっと作者はシャーロッキアンとしては玄人でもSF作家としては素人なのでしょう。でも読んで損はしません。


 「黄色い下宿人」(『誰にでもできる殺人』より)
   
山田風太郎
 ロンドン留学中の夏目漱石がホームズと活躍する話。漱石が教わりに行っていたクレイグ先生の家はベーカー街にあったので、両者の相見える機会は十分にあったのです。
 同じ設定で最近、島田荘司『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』が出ましたが、文庫になったら読んでみたいと思います。


 『ホック氏異郷の冒険』
   
加納一郎
 明治二四年、伊藤博文と陸奥宗光の確執によって引起された日英機密文書紛失事件。宗光の命により捜査にあたったのは医師榎元信と謎の英国人サミュエル・ホックだった。
 大空白時代にホームズが偽名で日本を訪れていたという設定で書かれたパスティシュです。正典にヴィクトリア朝のロンドンがありありと書かれているのと同様に、明治の東京の様子が鮮やかに描かれています。そしていろいろな本歌取り。ホームズはバリツならぬブジュツを嘉納治五郎から習っていたとか、ホームズ唯一の弱点を突いた暗号とか。
 これならイギリス人に読ませても恥ずかしくありません。


 『シャーロック・ホームズを訪ねたカール・マルクス』
   A・ルカーユ
 かす。くず。焚。レヴュウするために泣く泣く買ったけれど、まさかここまでひどいとは。作者を粗暴犯的に殺してやりたくなった。


 『シュロック・ホームズの冒険』『回想』
   R・L・フィッシュ
 ホームズ・パロディを語るときに絶対に欠かすことのできないのがこのシリーズです。世紀の迷探偵の信じられない冒険の数々! 怪刀乱麻のその推理!!
 では、私の一番好きな「アダム爆弾の怪」を大雑把に紹介してみましょう。
 ホームズは兄のクリスクロフトにアダムなる人物の調査を頼まれる。彼は爆弾の研究と称してノーサンバーランド州の廃坑で怪しい活動をしていた。廃坑に潜入したホームズは、E = MC2 なる暗号を発見する。偉大なる頭脳の持ち主は、それをイーストランド(E)刑務所服役中のマクパワーズ(MC自乗(パワーズ))の脱獄計画だと解読した。そこで探偵はマクパワーズ逃走用の新型自転車(サイクル)サイクルトロンの電流の接続をさかさまにしてきた。その翌朝、ワトニイはいつものように朝刊をホームズに読んできかせてやった。
 「北部の方で奇妙な消失事件があったよ。」
 「なんだって。僕があれほど苦労したのにマクパワーズは消えてしまったのか。」
 「いや、ノーサンバーランド州全体が消えてしまったんだよ。」
 ホームズはほっとしたように頷いた。
 「そうか、それだけ大きなものなら警察だって見つけられるよ。」


 『シャーロック・ホームズの優雅な生活』
   M&M・ハードウィック
 これは同名の映画の小説化です。ほら、ネス湖の怪物にまつわるあれです。
 正典に対するからかいがなかなか辛辣で愉快です。一応推理小説になっているけど、これしきの罠にホームズが引っ掛かるかなあ。流石の名探偵も女には弱かったらしいけど。
 なお、映画の結末で爆破されネス湖に沈んだ怪物型潜水艦がその後浮上し、本物の怪物と見間違えられたという人騒がせな話が伝わっています。


 『シャーロック・ホームズ アフリカの大冒険』(別冊奇天『ドタバタSF大全集』より)
   P・J・ファーマー
 第一次大戦中にホームズとターザンがアフリカで活躍!というお話。少々ドタバタの度が過ぎるきらいもあるけど、グレイストーク卿の秘密のところは秀逸でした。なんでも正典には幾度もグレイストーク一族が絡んでいるとか。「プライオリ学校」のホールダネス公爵(「白面の兵士」ではアベ学校のグレイミンスター公爵と記述)、「犯人は二人」でミルヴァートンを射殺した貴婦人、『バスカヴィル家の犬』の御者ジョン・クレイトン(実は社会主義者の公爵だった)。
 ファーマーの『実在するターザン − グレイストーク卿の決定的伝記』を読んでみたいものだ。ターザン・ブックスもあと三巻で完結なのに。ハヤカワのバカ。


 (111)『ルーフォック・オルメスの冒険』
   カミ
 作者はフランスのナンセンス作家でその作品は<新青年>等に訳載されていたそうです。これはホームズ・パロディというよりコントに近いのですが、その奇想天外さは無類です。私は、作家の一団を徐々にインクが昇ってくる仕掛けの巨大なインク壷に閉じ込め、大量に小説を書かせる話が気に入りました。溺死を免れるにはインクを減らすしかないのです。
 創作会でもこれをやればオリジナルなんてすぐ出ますな。


 「シャムロック・ジョーンズの冒険」「シャムロック・ジョーンズ対名探偵」「怪盗、名探偵を捜す」(『O・ヘンリー・ミステリ傑作選』より)
 あのO・ヘンリーもホームズ・パロディを書いていた、とまあそれだけの作品。


 「シャーロック・ホームズの内幕」(『ちぐはぐな部品』より)
   
星新一
 純真な中学生のときこれを読んでひどく頭にきたものでした。ちょっとわさびの効いた「赤毛連盟」のパロディ。


 「スカーレティンの研究」(『世界SFパロディ傑作選』より)
 この作品の作者のジョナサン・スウィフト・ソマーズ三世はキルゴア・トラウト『貝殻の上のヴィーナス』で言及されている作家であり、トラウトはヴォネガットの作品中の登場人物であり……。とにかくその正体はファーマーです。
 この作品は題名からわかるとおり『緋色(スカーレット)の研究』のパロディでラルフ・フォン・ヴァウ・ヴァウの初登場です。彼はハンブルク生れの警察犬だったが、大脳手術のおかげでIQ二〇〇を誇り、ハンフリィ・ボガードの声で喋るという犬の名探偵なのです。
 二重三重のパロディという怪作です。


 「バスカヴィル家の宇宙犬」(『地球人のお荷物』より)
   P・アンダースン&G・ディクスン
 これには何の説明もいりませんね。お馴染ホーカ・シリーズの一編です。
 アンダースンがベーカー街遊撃隊の会員であることは有名です。そういえば、『タイム・パトロール』にもちょっびとホームズが登場しましたね。実はそれも「書かれざる事件」の一つでした。(タイム・パトロールに抹消されたのかな。)


 『ミニ・ミステリ傑作選』
   E・クイーン
 「ミニ・シャーロッキアーナ」と名付けた章にホームズ・パロディの小品が四つ載っています。天国でエホバに頼まれたホームズがアダムとイヴを探す話など。(何を手懸りにしたかわかるでしょう。)


 『シャーロック・ホームズのライヴァルたち』@AB
   押川曠編
 このアンソロジーにも五つのホームズパロディが入っています。作品名と探偵名だけでも列挙してみましょう。

 ロバート・バーの「ペグラムの怪事件」はホームズ・パロディの第一号で最初の短編「ボヘミアの醜聞」が出た翌年に早くも発表されたものです。


 『名探偵ホームズ』
   宮崎駿監督
 霊長類ヒト族の代わりに食肉目イヌ族が万物の霊長となった平行世界におけるホームズを描いたSFミステリ映画……などと書いても誰も信用せんよなあ。
 みんなが誉めていたけど、敢えて私は苦言を呈します。なぜ、ホームズなのか。そこがわからん。あれだけのものができるならわざわざそこにホームズを引っ張ってくる必要はないと思う。ハドスン夫人をやたら若くするとか、設定を変えるぐらいなら最初から原作なしでやればいいではないか。
 まあなにはともあれ十一月六日からみんなで見ようね、『名探偵ホームズ』。
 (モロアッチはモリアーティ教授というよりもガリガリ博士だった。ホームズが化学実験していたのは非常にうれしかった。)


<残念ながら取り上げられなかったもの>
 『ホームズ贋作展覧会』  各務三郎編
 『ワトスン夫人とホームズの華麗な冒険』  J・デュトワール
 知らんうちに本出して知らんうちに絶版にする講談社なんてでえきれいだあ。

 『犯罪者モリアーティの生還』『復讐』
 J・ガードナー
 これはあまりの分厚さと注の多さに恐れをなして買わんでいるうちに絶版になってしまいました。『生還』(下)だけは手に入れましたが、それだけじゃね。

 ベイジルもの   E・タイタス
 シャーロック・ハウンドもの  B・シヴァース
 前者はねずみ、後者は犬のホームズです。童話の世界までは手が回りませんでした。

 『新シャーロック・ホームズおかしな弟の冒険』
 まっきの最中に見てなんだかわかるか。

 他に『黒後家蜘蛛』にモリアーティの『小惑星の力学』を扱った話があるそうですが、それはまた後ほど。



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