日下三蔵編『乱歩の幻影』

日下三蔵編『乱歩の幻影』



 乱歩作品のパスティーシュや乱歩自身が作中に登場する小説、いわゆる「乱歩小説」を集めたアンソロジーである。最初に「乱歩小説」なる概念を知ったのは<幻想文学>42号(1994)の「特集RAMPOMANIA」にて。そこで読んだ作品もあるので、初読は二編のみ。

 高木彬光「小説 江戸川乱歩」は<別冊宝石>江戸川乱歩還暦記念号に掲載されたもの。私はこの号はSRの乱歩百周年の名張全国大会で入手できた。
 これが最初の乱歩小説ではないかとの説もある。彬光の郷里青森を舞台にし、一部楽屋落ちもあるものの、割とどうということない作品という印象だった。だが、本書の解説には「ここに使用されたトリックは、高木彬光のある代表的な短篇で使われていたもののバリエーションで」とある。確かにそうだ。

 山田風太郎「伊賀の散歩者」は、長年噂のみ聞いていたのを前記<幻想文学>で拝読。乱歩の祖先を主人公にし、乱歩の作品から様々な道具立てを引っ張ってきて忍法帖に仕立て上げたもの。まさに巨人対怪人の息詰まる勝負を見守る思い。やっぱり傑作。

 角田喜久雄「沼垂の女」は、冒頭に乱歩の名前は出てくるけど、乱歩小説じゃないんじゃないかな。作品自体の出来はいい。

 竹本健治「月の下の鏡のような犯罪」の初出は<ユリイカ>の「特集・江戸川乱歩 レンズ仕掛けの猟奇耽異」(1987.5)で、後に短編集『閉じ箱』に収録される。
 「『目羅博士』の後編という体裁をとっておるが、そんな蛇足を試みようとした時点で、あらかじめ失敗は予定されていたというべきだろうか」という作者の言葉に頷かざるを得ないのは悲しい。

 中井英夫「緑青期」は作者死亡のため中絶された未完の長編の冒頭部で、『黄泉戸喫』に収録される。
 作者本人を思わせる作家青井京吉の幼年期の回想。同性愛への芽生えに乱歩の自伝的エッセイ「彼」が引用され、また探偵小説への郷愁も語られる。今回で三回目の読了となるが、主人公「青井京吉」の名が作者と同じく左右対称で、「青い狂気血」とも読めることに初めて気がついた。

 「乱歩を読みすぎた男」の蘭光生は、ミステリエッセイを間羊太郎名義で書き、独特なSFを式貴士名義で書いた才人。
 本作は今回初読。乱歩を読みすぎた男が『人間豹』をモチーフに、誘拐してきた令嬢を陵辱し尽くす。ただのポルノだった。しかも落ちがない。

 服部正「龍の玉」は、前記<幻想文学>が初出。作者には先にホームズ・パスティーシュの『影よ踊れ』があるが、極めて奇怪な話になっていた。それと同様、小林少年を主人公に明智探偵と怪人二十面相の対決を描きながらも、今回もどこか筋が外れている。

 芦辺拓「屋根裏の乱歩者」も、前記<幻想文学>が初出。贋作の対象を突き放す服部と違い、芦辺は熱狂的乱歩ファンとしても知られ、かなりマニアックな材料を持って来た。
 乱歩の「屋根裏の散歩者」の映画化が企画され、その犯人郷田三郎の役をなんと乱歩その人がやるという設定。確かに当時そんな新聞記事が出たとの話を聞いたことはある。でもそんなことが起こり得たとは到底思えず、この作自体は遊び心いっぱいなのに一向に乱歩ファンとしての魂に響いてこない。残念。

 島田荘司「乱歩の幻影」は、『網走発遥かなり』の第三章。
 主人公の女性の生家である写真店に現像に持ち込まれながらいつまでも受け取り主が現れなかった写真があった。そこに写っていたのは江戸川乱歩その人と、そして奇妙な建物だった。それを切っ掛けにして乱歩の小説のファンとなった彼女は、いつしか探偵小説から遠ざかった。だが、戦前の東京を偲ばせる建物が壊されつつあることに気づいて写真の建造物を探そうとする。だが、残された手掛りを追った彼女は、乱歩が実際に人を殺してその建物に塗り込めていたのではないかとの疑惑に取り憑かれる。
 キチガイじみた雰囲気がよく出ており、作者の短編の中でもかなりの傑作である。なお、この作中で明智小五郎のモデルとされた二川至こと二山久について、この道での第一人者が行った考察がこちらにあります。乱歩ファンは必読。

 中島河太郎「伝記小説 江戸川乱歩」も今回初読。昨年亡くなった名評論家の手に依る珍しい創作。
 大恩ある小酒井不木博士の急死の知らせを受けた乱歩は名古屋に直行する。夜も更け博士の部屋を借りて追悼文をしたためる乱歩は、ここに到る道のりを回想する。

 初読の話が少なかったのと、文句なしの傑作と言えるのが山田風太郎と島田荘司しかなかったのが少々厳しかった。
 でも、乱歩ファンにはお勧めです。蘭光生なんかも珍しいのは珍しいし。落ちがなかったけど。


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