『RAMPO』

映画レビュウ −『RAMPO』


 『RAMPO』奥山和由監督版と黛りんたろう監督版と両方を見てきました。奥山版は乱歩生誕百年記念作品に加え、映画誕生百年記念作品、松竹創業百年記念作品だそうです。黛版とは製作上のトラブルで2バージョンの上映となりました。
 大筋は同じ。日本が戦時色を強めていく昭和初期、乱歩は新作「お勢登場」が当局の検閲にふれ全編削除となり、執筆意欲を失う(史実ではこの作品は大正15年発表で乱歩初期作の一つ。無論削除などされていない。)。編集者の横溝正史は(史実では正史が乱歩の原稿取りをした最後は昭和3年『陰獣』のはず)乱歩の興味を引くために、静子という女性の新聞記事を見せる(この名前は『陰獣』 の小山田静子からだろうか)。静子の夫は「お勢登場」と全く同じ状況で長持ちの中で窒息死したという。次第に乱歩は静子に引かれて行き、小説の中に登場させる。変人で名高い大河原侯爵(晩年の『化人幻戯』より)の妾となった彼女。乱歩の分身明智小五郎は大河原邸に侵入する。

 両バージョンを比較してみましょう。

◆オープニング&エンディング
<奥山版>
 派手。オープニングで作品全体のモティーフとなる「お勢登場」が短編アニメーションで挿入されている。それから、池袋の乱歩邸の土蔵の中が俯瞰されたところは喚声をあげたくなった(^_^)。
 エンディングもめくるめく。何かに似ているかといったら『2001年宇宙の旅』に一番似ている(^_^;)。土蔵が爆発するカットもある。
<黛版>
 奥山版と比較すると地味。こちらは「火星の運河」もモティーフになっている。でも、どうせ持ち出すのなら最後までやってくれればいいのになあ。こっちも土蔵は爆発する。

◆映画
<奥山版>
 オープニングで土蔵の中で映写機が動くシーンがある。実際に乱歩も映写機材を持っており、撮影したフィルムは現在も残っている。
 作中に映画『怪人二十面相』の完成記念パーティのシーンがある(原作は昭和11年、映画は戦後の昭和29年)。このパーティにいろんな人が来ていて結構面白かった。そして、このシーンから幻想が始まる。
 あと、R指定を受けた塗れ場も映画が効果的に用いられていた。
<黛版>
 この辺がごっそり抜けていたねえ。大河原侯爵還暦祝いの場にはあったが。

◆変態侯爵(笑)
<奥山版>
 女装(笑)。
<黛版>
 足をなめ回す。
 どちらにしても、世界の名優、平幹二朗にこんなことさせるなんて(笑)。

◆謎解き
 <奥山版>でよくわからなかったシーンも<黛版>を見てようやくわかったということがいくつもあった。

 そうそう、キャストは以下の通り。

 それにしても、これらのキャラのぬいぐるみが映画館で売っていたのには参りましたね。僕は買わなかったけど。そのうちUFOキャッチャーに登場するかもしれない(笑)。

 さて、原作の「お勢登場」は作者の付記があり、他日明智小五郎対北村お勢の、世にも奇怪なる闘争譚を諸君にお目にかかることが出来るかも知れない、とあった。だが、結局その続編は書かれてはいない。

 この映画で正史が乱歩を「あなたが登場させた悪女の今後をどうなさるのですか」とかき口説く場面がある。まさにそれか。

 乱歩作品における悪女というと、この作品に投影される三人。北村お勢、小山田静子、大河原由美子。他にすぐ思いつくのは緑川夫人こと女賊黒蜥蜴、あるいは合作に登場させた江川蘭子とか。

 長持ちが乱歩作品に頻出する子宮のイメージの一つであるとともに、悪女というものもまた、聖母のイメージか。

 でも、この映画では大切な視点が抜け落ちていたと思う。これら全ての女性が乱歩夫人の分身であるということを。
 江戸川乱歩夫人。平井隆子。僕は確かにこの人のファンだが、だからといってそうまで言う訳じゃない。

 奥山版の最後で、乱歩は行ったまま還らない。

 うつし世は夢、夜の夢こそまこと。有名な乱歩の言葉。
 でも、僕は思う。あの人は向こう側に行ってしまった人ではない。こちら側にとどまって、幻影の城を築き上げたこと、それが真のあの人の偉大さだと。



→冒頭
→江戸川乱歩目次
→表紙