短編の名手エリンの第三短編集。本国版の第三短編集に収録作を三作加えた独自の編集。先日『五時から九時までの男』が文庫化されて感涙したばかりだというのに、やってくれるではないか。
中編と言っていいものがいくつかある。
巻頭の「エゼキエレ・コーエンの犯罪」では、ニューヨーク市警の不正に巻き込まれて休職中のユダヤ系の刑事が、訪れたローマで魅力的なユダヤ女性に出会う。彼女の死んだ父は戦争中にナチスに仲間を売ったとのことで、未だにユダヤ人仲間から裏切り者扱いされていた。彼女のために、そして自らの誇りを取り戻すために彼は二十年前の事件に挑む。警察小説の長編もこなした作者の手によるものだけに安定感がある。謎と解決の意外性も充分。
「12番目の彫像」では、誰からも嫌われる映画プロデューサーが突如消失した。語り手の脚本家によりちょうど撮っていた映画について語られていくが、それに携わる誰にとってもそれが大切な作品であり、プロデューサーがそれをぶち壊しにする人物だということが知らされていく。起こったかもしれない事件に警察が動き出し、狂ったティベリウス帝の彫像を破壊するが死体はその中にもなかった。本格ものというより、登場人物たちの性格が印象に残る。
もっと短いものの方がエリンらしさは現れるかもしれない。
表題作の「最後の一壜」は確かに凄い。おそらくこの世にたった一本しか現存していない伝説のワインを材料にして、実に巧妙極まりない殺人が語られる。
ただでさえその描写は凄まじいのに、それから六ヶ月後の後日談でさらに空恐ろしくなる。
結末の二編は<EQ>で最初に読んでエリンに心酔するきっかけになったもの。
「内輪」は、傍目からは母親に抑圧されているように見えるある気弱な男の人生を語っていく。どんなときに人間は犯してもいない殺人を告白するようになるのか。実に説得力がある。
「不可解な理由」(「ゆえ知らぬ暴発」)は、冒頭から結末の破局までただひたすらの一直線。
初読のときより今の方が身につまされる。論理的に否定がしようがないだけに、あまりにも怖過ぎる話である。
「贋金づくり」「清算」は、緊迫した一幕もの。
「拳銃よりも強い武器」「天国の片隅で」は、弱者の全てを賭けた大博打。
「古風な女の死」は、一人の画家とその二人の妻の話を延々読んでいったら結末はこれかよというギャグのような話。
「画商の女」も作者のユーモア感覚が炸裂している。
大変楽しんで読むことができたが、解説に最終短編集とあるのはいただけない。<EQ>にもまだ数編単行本未収録作が載っている。カーシュやイーリイーの短編集を出した晶文社に対して老舗の意地を見せてほしい。