イーリイとは懐かしい名前である。
学生時代に<EQ>の初期のバックナンバーを人からもらった。その後を買い足そうかどうしようか迷いながら読んでいた私を震撼させ購入継続を決定させた短編が二つある。イーリイ「コミューン始末記」(1979.05)(別題「昔にかえれ」)とエリン「内輪」(1978.03)である。
そうか、こんな凄い短編が読めるのかと<EQ>を買うようになったのが1985年からだが、エリンはその直後の1986年に亡くなり、イーリイもあまり掲載されることはなかった。私はライスとスタウトとシムノンが駄目なのだが、それでも終刊まで<EQ>を買い続けてしまった。
イーリイ自身については<EQ>掲載の短編の他にはポケミスの『蒸発』を探してきて読んだが、これも長編でありながらどちらかというと短編ネタであった。イーリイの短編集を読んでみたいと当時は思っていたが、まさか今になってその夢が叶うとは。
新たな異色作家短編集ともいうべき晶文社ミステリのシリーズにイーリイは実に相応しい。だが、残念ながらさすがに全部が傑作とは言えないし、肌合いのあわないものも当然ある。
イーリイの凄さは人間観察の冷徹さとさらにそれの容赦のない描写によるものだ。本書収録の作品でそれが顕著なのは「隣人たち」「夜の客」「面接」「カウントダウン」など。引っ越してきた夫婦のことを知りたがる隣人たちの好奇心は膨れあがって何ともおぞましい様相を呈する。夫婦の間の意地の張り合いはどんどん激しくなってついには現実も幻想もいっしょくたになる。
昇進を希望する男と面接官とのやり取りにしても、ロケットが発射される直前での関係者の感情のこじれにしても、濃密な時間だけに引き起こされた結果は凄まじいことになる。
一方で、本書で感じたことだが、この作者はユーモアの手腕にも長けている。
その系列は「タイムアウト」「G.O’D.の栄光」「ペルーのドリー・マディソン」「オルガン弾き」など。特に「タイムアウト」のユーモアのねじれ加減は絶妙。米ソ冷戦下に核兵器の事故でイギリスが消失しまった状況において、世界が恐慌に陥るのを防ごうと米ソが手を握り情報を遮断して極秘理にイギリスを復興するプロジェクトが進行する。
主人公の歴史学者が偽ものをつくることに耐えかねて取った行動がさらに思わぬ事態を引き起こす。結末は哀感溢れしみじみする。
今回は初期短編集という位置づけだが、第二短編集が待たれる。私を打ちのめした「昔にかえれ」をぜひまた多くの人に読んでもらいたいと思う。