タイトルの通り、戦前の日本の植民地だった外地という場所を舞台とする探偵小説集。この集で扱うのは今の中国東北地方、満州。
日露戦争の勝利によって清から租借した満州はロシアや朝鮮とも近く、大連、奉天、旅順、哈爾濱(ハルピン)などの大都市も控えていた。
大庭武年「競馬会前夜」では、D市こと大連市郊外の安田農園で名馬”彗星”が射殺され、その騎手も別の場所で死体で見つかった。
雇い主と争った騎手が馬を殺して自殺したものと思われた。だが、郷警部は小さな手がかりをも見逃さない。
郷警部自身の報告書の体裁を取っている。事件自体は正統的なドイル風。戦前では珍しい本格短編を執筆する作家である。
作者は大連に在住し、1930年のデビューから戦争による情勢の悪化まで集中的に作品を発表し、そのいくつかが今でも読める
(→作品目録)。
群司次郎正「踊子オルガ・アルローワ事件」のオルガは、支那人とロシア人の混血の踊り子で上海からハルピンに流れてきた。オルガには元の座長の遺児であるせむしで唖の婚約者シユーラがつきまとっていると噂されていた。語り手の日本人青年はオルガに近づいて事件に巻き込まれる。ハルピンの魔窟の描写に異国情緒を感じる。
作者は探偵小説専業ではないが、鮎川哲也
「『侍ニッポン』唯一のミステリー・郡司次郎正 新・幻の探偵作家を求めて 第3回」(<EQ>No.88(1992.07))に取り上げられ、この作品も「穴」という別題で、せむしと唖という語句を削除して、採録されている。
城田シュレーダー「満洲秘事天然人参譚」は、清朝の隠された人参園を探して消息を絶った青年の手掛かりが壜の中の暗号としてもたらされる。親友だった日本人青年は飛行機を用いて探索するが、長白山脈の原生林中の火口湖に着水する。
暗号の謎に莫大な財宝としての価値がある人参園と秘境冒険小説風であるが、最後には探偵小説的な謎解きがある。
これはかなり面白かった。
城田シュレーダーは一説には後の貸本小説の雄、城戸禮の別名義と言われるが確証はない。
崎村雅「竜源居の殺人」の舞台は満州国の首都となった新京。主人公の新聞記者は女の死体とともに目覚める。状況は圧倒的に不利だが自分が殺人犯とは思えない彼は、警察に追われながらも自分を罠にかけた相手を探す。
典型的な巻き込まれ型のミステリーだが、背景が目新しいのと、主人公の活躍が飛ばしているので、なかなか楽しく読める。
この作者は<新青年>の懸賞にこの作が入選しただけで消えたそうだ。
宮野叢子「満洲だより」は、大連在住の兄と内地在住の妹の往復書簡。長い手紙を書いてとせがまれて、兄は身近に起こった何気ないことを書き綴るが、やがてそれが一大事につながる。大の男どもが頭を悩ます謎を遠く離れた身内の女性たちが解き明かす構成が女流作家らしい発想で実に面白い。
作者は実家の束縛から逃れるために満州に渡ったと言われ、この作品はその時期のもの
(→作品目録)。
渡辺啓助「たちあな探検隊」で、北満州の考古学的探検をしようとする語り手は、ハルピンに住むロシア人チリコフを雇う。チリコフはニコラス廃帝の皇女タチアナが赤軍の虐殺を逃れて満州の密林地帯のどこかに生き延びていると固く信じ込んでいた。
夢野久作のアナスタシア皇女を題材にした作品と同じくロマンを誘うが、出来は数段劣る。
この作品は完全に想像力の産物だが、作者は1942年に陸軍報道班員として新京、蒙古、北京を尋ね、これが直木賞候補作の「オルドスの鷹」などの執筆につながる
(→作品目録)。
これ以降が戦後の作。
椿八郎「カメレオン黄金虫」は、作者のデビュー作。
満州鉄道会社の科学班が森林資源を求めて長白山脈の調査に当たる。その象徴となるのがウラル山系に生息するのと同種の黄金虫であった。探検隊の局長がその発見を発表した夜に不審死を遂げる。長白山脈に潜む金日成の赤軍一味の謀略とも思われたが……。巨大コンツェルンである満鉄が絡むものは珍しい。さらに敗戦を経たものだけに寂寥感が強い。
作者は医者であるが、実際に満鉄に所属しており、モデルとなる探検も実際にあったという
(→作品目録)。
島田一男「黒い旋風」は、新京を襲うペスト禍が背景となる。満州北部郭爾羅斯(カラカス)の農安地方に黒死病といわれるペストが発生し、鼠の大群が新京へ移動し始めたという。新京全体がパニックに襲われる中で、主人公の新聞記者は軍の有菌鼠撲滅対策に同行してペスト原を越える。
そこで出会った郭爾羅斯王国の年若い王妃慈光院美々子は関東軍の意を受けた高級娼婦だった。
地獄図絵のようなペスト原の描写、郭爾羅斯王国のポオ「赤死病の仮面」を思わせる乱痴気騒ぎ、美々子を巡る男たちの破滅的な行動など、手練の著者のものだけにさすがに読ませる。
島田一男は満州での生活が長く、満州日報社での先輩に山口海旋風がいる。また、大連の同じ中学出身だった大庭武年とも親しく付き合った。
石沢英太郎「つるばあ」の大連はソ連占領後。語り手は電力会社でソ連人、中国人、日本人がいっしょに働いた時代を回想する。ある夜、六階のソ連軍佐官の事務室が密室になり、その日以降一人の日本人女性が無断欠席した。語り手はその女性のことを気にかけるが具体的な行動を取る余裕もなく、そのうちに日本人の引き揚げが始まろうとする。
タイトルは語り手に対してソ連人上司が最後にかけた言葉。故郷というものを失う悲しみを考えさせられる。
作者は本作の語り手のように満州電業で働き、引き揚げ後は福岡に居住した。
満州という観点で編んだだけで実にバラエティー溢れる面白いアンソロジーとなった。例えばハルピンなら夢野久作「氷の涯」といった定番を敢えて外しているのに作品の質は驚くほど高い。
本書が出てから結構経つが、第二集の上海篇が刊行間近ということなのでかなり期待。