東雅夫編『ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語』

東雅夫編『ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語』



 伝奇ノ匣シリーズの七巻目だが、読むのは夢野久作村山槐多に続く三冊目。このシリーズ初の洋物。特に翻訳に凝ったものを集めてある。

 先ずはポオ。私はポオの小説と詩は創元推理文庫の『ポオ短編小説全集』『詩と詩論』で読んでいる。 「大鴉」の日夏耿之介訳は定評あるものだが、なぜか縁がなく全編を読むのは初めて。 口絵にギュスターヴ・ドレによる挿絵全編が収録してあるが、何とも贅沢な読み心地である。日本語としてどうこうというより、字面からして語り手の心のように大きく震えている。魅せられた者たちの邂逅の現場に立ち会えたような思いである。
 「アッシャア屋形崩るるの記」は冒頭のみの試し訳。こんな断片までよく拾ってきたものだ。

 「おとらんと城綺譚」は名前は以前からよく聞いていたが今回初読。オトラント城の年若い嫡男がどこからか出現した巨大な兜の下敷きになり急死する。父の領主マンフレッド公は自分の血をどうしても残そうと、息子の嫁にするために養っていたイサベラ姫を自分のものにしようとして言い寄る。
 冒頭からあんまり生臭いので辟易したがずっとそんな調子。怪事の現場に居合わせた上にイサベラ姫を逃がして捕まった謎の男セオドア、突如として現れオトラント城の返還を迫るフレデリック候と登場人物は増えていくが、領主の生臭さは増大して登場人物みんなが巻き込まれていく感がある。 結末にも大きな怪事が起こり勧善懲悪で締めるがどうもピンと来ない。 訳文は擬古文調で独特のリズムを感じる。
 なお、『銀の仮面』のヒュー・ウォルポールはホレス・ウォルポールの子孫だと言われているそうだ。

 「竜動(ロンドン)鬼談」は幽霊屋敷の体験記。平井呈一訳「幽霊屋敷」として創元推理文庫の『怪奇小説傑作集1』に収録されているとのこと。ロンドンで評判の幽霊屋敷で一晩過ごした体験記。怪奇を探ることを好む主人公の紳士は従僕一人と愛犬を伴いその屋敷に泊まる。心霊現象がこれでもかというくらい連続して押し寄せる。
 典型的な幽霊話と思ったら、この作品によって確立されたのだそうだ。古めかしい文体は合っているかも。

 『怪の物』が今回のお目当てだった。乱歩も魅惑された涙香の怪奇小説。医師エマニエルの手記という体裁。語り手自身は作中では江間医師と記される。
 江間医師のロンドン郊外の家の向かいに三十年ぶりに帰国したのは、村原三郎という男だった。先代の次郎は悪魔のような男として恐れられ、 その息子の三郎は生まれてから一室に閉じこもり誰も顔を見たものがないと噂されていた。 江間医師は村原家から呼ばれ足を怪我したという三郎を診察するが、患者は自らの意思によって身動きできぬよう堅く寝台に縛り付けられていた。その他にも異様に黄色い眼光や耳の鋭さなど奇妙なことは多々あったが、江間医師は三郎の暗鬱ながらも紳士的な物腰や毒物に対する深い学識に次第に敬意を抱く。三郎も江間を親友と思い何らかの秘密を打ち明けようとするが、家令の芦倉老人に遮られる。そんなとき梅川槙子という謎の美人が現れ江間医師から村原三郎のことを聞き出すが、村原家へと向かう道で瀕死の状態で発見された。槙子は毒蛇に噛まれた症状を発して手当ての甲斐なく死んだ。 その手首の傷には有り得ないほどの大きな毒牙が残されていた。
 涙香の名調子ですらすら読める。ネタは勿論知っていたがそれでもいつ来るかこう来たかと楽しめる。後半の芦倉老人による三郎の出生の秘密のくだりは圧巻。三郎の母の受けた扱いには戦慄を感じ得ない。 呪われた運命を生きた男が友のために最後に取った行動は感動的ですらある。
 乱歩の『人間豹』は、『怪の物』と村山槐多「悪魔の舌」の着想を借りたものだという。

 小泉八雲は講義録から二編。本書の解説的な役割も果たす。
 「「モンク・ルイス」と恐怖怪奇派」では、恐怖小説の成立の頃に大きな役割を果たしたマシュー・グレゴリー・ルイスと、その影響を受けて書かれたメアリー・シェリー『フランケンシュタイン』などについて語る。後世まで残る作品と忘れ去られてしまう作品との違いは普遍的な永遠の真理が盛られているかどうかによるという指摘が興味深い。
 「小説における超自然の価値」では、全ての芸術における霊的なものの価値を称揚し、そしてその優れた表現方法は夢の啓示から得られると説く。 リットン「幽霊屋敷」の分析は詳細極まる。

 このシリーズはまだまだ継続中だが、また探偵小説絡みのこともやってもらえないだろうか。


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