『久山秀子探偵小説選1』

『久山秀子探偵小説選1』



 論創ミステリ叢書の一冊。二巻本となった久山秀子の一巻目で、作者の代表作の隼お秀シリーズが全部まとまっている。 アンソロジー等で読めたのは六編あったが(→作品目録)、一巻本にまとまるのはこれが初めてである。 (訂正:一巻本にまとまったわけではなく、『久山秀子探偵小説選2』にも五編収録があった。[2005.09.18])
 隼お秀は浅草を根城とする女掏摸(すり)。従来このシリーズはマッカレー『地下鉄サム』シリーズに触発して書かれた人情もののように捉えられていた。だが、入手可能な作品を読むだけでも、ミステリーとしての構築がかなりはっきりしていることは見て取れる。こうして全貌がわかるようになったことは本当にありがたい。

 「浮れている「隼」」で隼お秀が初登場。房州の避暑地で一稼ぎした隼は、そこで誘拐されて売り飛ばされてきた女たちに会う。浅草に舞い戻った隼はその人さらいに周到な罠を仕掛ける。宿敵の象潟署の高山刑事なども紹介される。快調なシリーズ第一作。 全てが隼お秀の一人称であり、即ち彼女こそが久山秀子である。この形式はその後も踏襲される。

 「チンピラ探偵」では、隼はほんのちょっとした好奇心から実業界の大立物赤倉男爵の暗殺事件に関心を抱く。男爵から掏り取った手帳に名前がある池田里子という令嬢に近づくが……。隼は悪にも強いが、上流階級にもしっかり食い込んで名探偵役をも果たす。 隼が思いを寄せる小川三平が初登場。

 小品が二つ続く。
 「浜のお政」では、掏摸を馬鹿にする詐欺・美人局のお政に隼が一泡吹かせる。

 「娘を守る八人の婿」は、四年前、T大学文科の第一回女性聴講生のときの思い出。演劇の上演にかこつけて宝石などを奪い取るが、一組の男女に情けをかけてやる。

 「代表作家選集?」は、隼やその仲間が掏り取った原稿を公開したという形式。神楽坂で袈裟を忘れた坊様みたいな人から掏り取ったのが隅田川散歩作「闇に迷(まごつ)く」、阪神電車の中での収穫は鎗先(やりさき)潤一郎作「桜湯の事件」、省線電車で三十歳位に見えるボーヤのような顔の人から掏ったのが興(きょう)が侍(さぶら)ふ作「画伯のポンプ」、名古屋で失敬したのがお先へ捕縛作「人工幽霊」だという。それぞれが江戸川乱歩谷崎潤一郎甲賀三郎小酒井不木のパロディである。「闇に迷く」は「人間椅子」(1925)のパロディで結構出来がいい。私はこれが日本で最初の乱歩小説ではないかとにらんでいる。

 「隼お手伝ひ」では、隼の身元引受人、私立探偵富田達観氏が初登場。隼お秀は富田伯父の助手を務めて三味線引きの毒殺事件を解明する。日本的な毒殺トリックは面白いけど話全体が短すぎる。

 「川柳 殺さぬ人殺し」は、久山に聞いて富田達観氏のもとへ雑誌記者がインタビューへ来たというもの。雑誌の埋め草だったのがこうして日の目を見ることになるとは。

 「戯曲 隼登場」は戯曲形式。かつての領地に視察に来た鉄道大臣に一杯食わせるということらしいがこれも短すぎる。最後に隼お秀が歌舞伎役者のように見得を切って登場する。

 「隼の公開状」は西田政治宛ての公開反駁文。西田が「隼登場」を同年の乱歩「お勢登場」及び正史「かへれるお類」と比べてくさしたことに対してのもの。 こうして徹底的にフィクションを貫こうという批評精神は立派。

 「四遊亭幽朝」は、隼が寄席に行って聞いた怪談。掌編だがぞくりと来る。うまい。

 「隼の勝利」では、またもや富田達観伯父の助手として女優殺しの事件に挑む。伯父とともに乗った自動車が敵の罠で連れ去られるという活劇調の展開。 敵も味方も過去の作品の登場人物がぞろぞろ再登場してにぎやかで楽しい。

 「どうもいいお天気ねえ」はお秀の妹、千代子の一人称で久山千代子名義で発表されたという。やっぱり掏摸で、子犬を小道具に使う様が愉快。

 「刑事ふんづかまる」は、警察の大規模な掏摸狩りで子分二人をあげられた隼の意趣返し。警察の仕掛けを逆用して高山刑事を罠にかける。小品ではあるがきちんと伏線を生かしている。

 「隼の薮入り」は、高山刑事らの追及を避けて息抜きに大阪までやってきた隼の行状。大商店の旦那から掏り取り、小僧を味方につける。たわいない話。

 「隼の解決」で、お秀が品川の海浜ホテルの食堂で知り合った桜井博士は、研究室からプラチナが紛失した件で悩んでいた。また隼のアジトに迷い込んできた朝鮮人労働者の崔は殺人の容疑で追われていた。複雑極まりない事件だが、隼は虐げられたものの側に立って事件を解決する。掏摸が主人公だから当然かもしれないが、反権力的な姿勢をこうして一貫させたことは評価していい。

 「隼のお正月」では、元旦早朝にお秀の部屋に一味が集まって一騒ぎしてから初仕事に繰り出す。早々と高山刑事に目を付けられて身動きが取れなくなったお秀だが、刑事の目の前で大胆にも蟇口を掏り取る。これもちょっとした手品トリック。

 「隼のプレゼント」では、お秀の乗った自動車が子供の癇癪玉でガラスを壊される。なぜそんなことをしたのかに同情したお秀は銀行の頭取相手に仕掛け、さらには某新聞社の津崎社会部長のお嬢さんにもプレゼントを送る。きちんと話の始末がついていないのが気になる。

 「隼探偵ゴッコ」では、先祖伝来の掛け軸を騙し取られて子連れで自殺しそうになった未亡人を助けての活躍。富田達観伯父たちの助けも借りて、あくどい骨董収集家に熱いお灸を据える。

 「隼の万引見学」では、津崎社会部長に連れられ、銀座の百貨店まで大川代議士夫人をつけていく。彼女には盗癖があって、銀座の店員や警察に名物のように知れ渡っているのだという。 ところが、宝石売り場で大川夫人は彼女に目をつけていた刑事が万引をしたと告発する。 この発想はかなり面白いが、短すぎて発展させる余地がない。

 「隼いたちごつこの巻」は、商売物の右手を痛めつけられた子分の由公の敵討ち。 大男の壮士に隼は立ち向かう。 大切なものを意外なところに隠す手際は手品を見るように鮮やか。

 例によってアンソロジーで読んでいた話が一番面白い話というのは仕方ない。隼シリーズとしてアンソロジーに取り上げづらい『代表作家選集?』が読めたことだけでも大満足。
 そこそこ面白いのにも関わらず、作者には無造作に話を投げ出すよくない癖がある。 私がそういうことを気にし過ぎるからかもしれないが、通して読むと減点対象になるのは止むを得ない。それだけでなく「隼お手伝ひ」「隼登場」「隼の万引見学」などもっと熟成させれば卓抜な着想になったのではないかと惜しまれる作品もある。
 その代わり、シリーズに登場した人物を後々まで登場させる丁寧さがあって作品世界を確固たるものにしている。 徹底して隼お秀=久山秀子に拘る遊び心も好ましい。

 久山秀子は男性作家のペンネーム。本名も経歴もよくわからないが、海軍関係の学校の教員と伝えられる。
 久山が乱歩のパロディを書いたことは先に述べたが、乱歩も自作中で久山と思われる作家について言及している。
 (以下ネタばれのおそれがあるため一部反転)

 乱歩の傑作「*陰獣*」(1928)の解決編にある下りだが、これが久山秀子のことなのは言うまでもない。また、乱歩が初期作において*既存のトリックの裏返し*を執拗なまでに繰り返し行っていたことから考えると、*久山秀子の存在自体*が「*陰獣*」のプロットを生んだと容易に想像できる。即ち「*陰獣*」そのものが久山秀子のパロディだったわけだ。
 そうすると、江戸川乱歩と久山秀子は1920年代においてお互いにお互いをパロディにしあうという稀有の関係をつくっていたことになる。
 こんなことを以前指摘しておいた。そうだとすると探偵小説黎明期に久山秀子という作家がいたことが実に有難いことだったということになる。

        [2005.08.04]

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