中井英夫の最後の助手である本多正一が写真と文章でつづったかの大作家の晩年の日々の記録。
本多はもともとは中井英夫の助手になるつもりなど全くなかったのだという。三一書房版『中井英夫作品集』の自作解説を読んで羽根木の家を越すことを知り、1989年6月25日、せめて家の写真だけでも撮っておこうと門前を訪れた。そのときちょうど在宅していた『虚無への供物』の作家に初めての出会いをした。
「もしよかったら上がりなさい」と声をかけられ、居間に通されて話をし、そしてもう一度訪れたときに「よかったら住み込みで助手になってくれない」と持ちかけられた。
愛読者としてはこれ以上の幸運はない。だが、並大抵の苦労ではなかったことは、本書に収められた田中幸一の手記にも詳しい。
相手の狷介さは並ではない。仕事はしない。隠れて酒を飲む。そして体を悪くする。ときには思い切り罵倒し合う。
経済的には全く無力の老人である。本多が助手だといっても給料をもらっていたわけではない。ボランティア、それどころか持ち出しである。本多は途方にくれながらも中井の生活を支えていった。
そんな生活を四年半続け、1993年12月10日、ついに終局が訪れる。
「何ものにも変え難い日々」とも言い、「ただただ二人してケンカして遊んでいただけ」とも言う。
大作家の最後の日々は世俗的には貧乏に追い立てられた不幸なものだったものかもしれない。だが、一方ではこれほどまでに親身になり最後までいっしょにいてくれる人を持った、この上もなく幸福なものだったのだ。
奇蹟が起こるのは書物の中だけではない。この地上にも起こるのだ。そんなことまでも思わせてくれる。
中井英夫を愛し、『虚無への供物』に震撼した全ての人に手にとって欲しい書である。