『宝石推理小説傑作選2』

『宝石推理小説傑作選2』



 いんなあとりっぷ社の『宝石推理小説傑作選』の二巻目。引き続き1952年から1958年までの掲載作を収録する。

 朝山蜻一「巫女」は、新興宗教天獄公教会の最高霊媒である巫女が儀式の前の晩に弁護士に託した手記。教主と二人から教団を築くまで苦労を重ねたのに若い女に男を取られた恨み節。その巫女は大勢の信者の見守る前で水死を遂げた。作者得意の異常な性愛の描写が生々しい。
 朝山蜻一の初期作品はふしぎ文学館『白昼艶夢』(出版芸術社:1995)にまとめられているが今だ積ん読。個人的には<幻影城>に連載された『蜻斎志異』全十二話が思い出深く、これもぜひ本にしてほしい (→作品目録)。

 大河内常平「赤い月」では、凄絶な沖縄戦のさなかに血のように赤い月が昇る。弟のごとく可愛がっていた初年兵を副官の無謀な命令のために失った班長は復讐を誓い、千載一遇の機会をものにしたかに思えた。だが、戦場の悪夢は平時になってもなお襲ってくる。初読。
 この作者は日本刀に関する該博な知識を生かしたものなどが知られるが、今読めるのは数編 (→作品目録)。

 妹尾アキ夫「リラの香のする手紙」では、作者のノスタルジックな思いに誘い込まれる。 冒頭に出てくるのはイギリスのストランド誌の表紙のこと。そこには毎月毎月六十年もストランド街の同じ場所の風景が描いてあり、時代と街並みの移り変わりを写していったという。 一方、若い頃の語り手は、誰なのか記憶にないが知り合いのはずの女性と文通を交わしていた。その文面から相手の人となりを想像して楽しんでいたがもっとも印象的なのは手紙から漂うリラの香だった。 とっても大切なものだったのに軽率さから失った取り返しのつかない思い。 後味はちょっぴり苦い。作者ならではの書物幻想譚でもある。 初読。
 妹尾のものは結構好きだったが、戦後の作はこれしか読めない (→作品目録)。

 香山滋「キキモラ―してやられた妖精」は副題そのままの話。 岩と岩のすきまに生れ魔法使いに育てられた小妖精キキモラは、賢猫ギイと共に世界じゅうを巡って人々の幸福を呪ってまわるという。 小田切梨江夫人は、キューバ革命の巻添えで娘を惨殺されて発狂した夫と、執事とコックだけを従えて山奥の館で暮らしていた。静かな生活の中に突然飛び込んできたキキモラと名乗る娘は、梨江夫人の小間使いとして、そしてそれ以上の存在として館の生活になくてはならないものになってきた。だがキキモラは梨江夫人が幸せなのかをしきりに詮索して回るが……。 不思議な味わいが心地よい。作者の短編の中でも屈指の名編。
 香山滋が残した大量の作品の殆ど全てが全集に収録されているが、その代わり手軽に読めるものがなくなってしまっていた。最近出た昭和ミステリ秘宝の『魔婦の足跡』(扶桑社文庫)は私のとっても好きな長編なのでぜひこの機会に広く読まれてほしいと思う (→作品目録)。

 川辺豊三「私は誰でしょう」では、未婚の女性に脅迫状ともつかぬ奇妙な手紙が三日置きに届く。手紙の差出人は、彼女に毎日のように会っているが全くの他人だと告げ、彼女のことはフランス贔屓から日々の行動から身長体重まで何でも知っていた。その手紙が六通目まで来たらぴったっと止まった。果たしてその目的は。実に魅力的な謎が完全に解き明かされる。これはなかなかよい。初読。
 奇妙な情況を独自の理屈をこねくり回すことで解きほぐす探偵役の沢村正雄は「五人のマリア」(1958)でも同じ役割を果たす (→作品目録)。だが、川辺はいわゆる本格作家ではないようだ。

 島久平「雁行くや」は、私立探偵伝法義太郎の事件簿より。実業家とその妾が素っ裸のまま縛られて扼殺されていた。情況から被害者は猿ぐつわをされていたようだが、死んだ後にわざわざ外されていた。伝法探偵は犯人に気づくが温情をかけてやる。そこは警察を辞めた伝法らしいが、ちょっと感傷に傾きすぎな気もする。 初読。
 作者は長編『硝子の家』(1950)が近年復刻されていて、短編もいくつかアンソロジーに入っている (→作品目録)。

 『畸形の天女』は四大家が並んだ連作小説。なかなか書けない、それでもどんな作品でも出だしだけは絶妙にうまい乱歩を引っ張り出すために連作は戦前からたびたび行われていたが、その最も成功した例が戦前の『江川蘭子』と戦後のこれだろう。
 江戸川乱歩「連作の一」では、主人公宮城圭助の嗜好が語られる。貿易会社社長の彼は 総入れ歯になったことを切っ掛けに変装に凝り出して、ヨタモンの松永昌吉となって二重生活を送っていた。 彼は南千住の下町に棲む白痴的な魅力を持った少女北野ふみ子に惚れるが、その少女を挟んだ三角関係となる青年斎田をはずみで殺してしまう。
 大下宇陀児「連作の二」では、二重生活が忘れられない圭助の元にふみ子が訪ねてきて死体を埋めた空家が売れそうだと告げる。そこで圭助はその土地を買い切り工場を建てることにし、管理人として松永昌吉の変装も復活させた。 だが、ふみ子が唯一人頭が上がらない高校教師の淵井が彼女に目をつけてくる。
 角田喜久雄「連作の三」では、ふみ子の恋情は淵井に向けて燃え上る。ところが、淵井が郷里に婚約者がいることを知り、ふみ子の翻っての憎悪が男たちに向けられる。大事な変装用鞄の預り証を隠され青くなる圭助。ふみ子はその鞄を淵井の下宿から見つけた振りをするが入れ歯だけは抜き取る。淵井はふみ子から斎田の死体が埋められている場所を教えられ、夜中にこっそり見に行こうとするが……。
 木々高太郎「連作の四」では、死体を探しに来た淵井まで殺してしまった圭助は二人分の死体をコンクリートで固めてしまおうとする。ところが斎田の失踪の内偵や行方不明の圭助の捜索依頼などで警察が動き始めていた。
 特に角田の部でのふみ子の暴走ぶりが激しいが、木々の部でも連作者の名前を読みこんだり最後の最後で登場した大心地先生が異常心理の解説をしてくれたりとのりのりである。

 高木彬光「ロンドン塔の判官」は、英国に材を取った歴史ミステリー。血まみれメリーの異名を取ったメリー・チューダーの腹違いの妹エリザベスは、ロンドン塔に幽閉されて反逆の罪で裁きを待っていた。ところがそれを担当する三人の判官のうちの二人までが密室で暗殺された。 最後の一人、スペイン大使のレナアド伯爵はその犯人をつきとめるが……。 旧教徒と新教徒の血で血を洗う勢力争いの中にひとり孤高な行動を取ったある人物に鮮烈な魅力を感じる。 だが歴史のもたらす皮肉は誠に容赦がない。 作者の力作でもあり異色作でもある中編。 初読。

 横溝正史「首」は、金田一耕助が登場する岡山ものの中編。 休養を取りたいと言う金田一を磯川警部は山中の温泉に連れていく。そこは三百年前に名主が何者かに殺されて滝の上の岩に生首を晒されたという伝説の地だった。 その伝説をそのままなぞったような殺人が一年前に起こってそれは迷宮入りに。金田一と警部の滞在する中、映画のロケ隊の一員がまた同じ情況で殺されて切られた首が晒された。なぜこうも惨劇が繰り返されるのかの謎を金田一は鮮やかに解く。 さすが横溝、もはや名人芸。道具立てもトリックもそれなりに前例はある。だがこうも見事に組み立ててくれると唸るしかない。 初読。

 香住春吾「鯉幟」は、鯉幟を異常に怖がりそのために命を落とすことになった男が妻に残した告白。彼の母も、そして父も鯉幟のために無惨な死に方をしたのだった。その事件の真相が二十数年の時を経て男の胸に甦る。 作者のお家芸であるユーモアを排したシリアスなタッチの異色編。 初読。
 香住春吾は<幻影城>でファンになった。 都会と田舎の論理がぶつかり合って珍妙な結末に至るブラックユーモア満載の「蔵を開く」や ペーソス溢れる「一割泥棒」などがよい (→作品目録)。

 山村正夫「流木」は、地方の田舎の旅館の主人が殺された事件。冷遇されていた後妻の連れ子の恋人の男が犯人だと名乗り出る。恋人による愛情の行為を一々記録しそれより少し劣るだけのことを相手のためにしてやるというのが彼の愛情表現だったが、そのために殺人を犯すことになる。発想は悪くないのだが料理の仕方がもう一つ。初読。

 日影丈吉「奇妙な隊商」では、日比谷公園の芝生のど真ん中に一団の人々が現れた。駱駝まで連れたその人々はどうみても外国人だが、どんな言葉も通じなかった。奇妙な味の掌編。初読。

 夢座海二「どんたく囃子」は、故郷博多を捨てた男が数十年ぶりに舞い戻る。ちょうどどんたく祭りのさなかで、男は当時を回想する。祭りのときに失踪した母と叔父は実は父に殺されていたのではないか。街並みを歩く男の前には昔暮らしていた家が当時の姿のまま現れて……。記憶のかなたにある博多の描写はまさに夢のよう。 初読。
 ペンネームのうち「夢」は同郷の夢野久作から、「海」は私淑していた海野十三から取ったものだという。本業は記録映画のカメラマンでSF的な作品もあった (→作品目録)。

 1957年から江戸川乱歩が編集に乗り出す。乱歩は新しい書き手を求めて、探偵小説に関心がある文学者をくどいて回った。

 加田伶太郎「電話事件」は、福永武彦の変名によるシリーズ第五作で全八作中唯一<宝石>に掲載されたもの。奇妙な脅迫電話が中学校長やその妻と不倫関係にある父兄を脅かす。表立って警察沙汰にもできないので古典文学助教授の伊丹英典が駆り出されるが、事件は思わぬ悲劇で終る。雲をつかむような情況の底にあるものを伊丹は捉える。
 福永武彦の推理小説全部とSF一編が昭和ミステリ秘宝の『加田伶太郎全集』(扶桑社文庫:2001)にまとまって復刊されている。これはお勧め。私が好きなのは「失踪事件」「眠りの誘惑」「赤い靴」など。本職ではないからこそここまで徹底できた知的な遊戯性がよい。

 梅崎春生「師匠」は、語り手の青年が日本画の師匠を殺したとの疑いをかけられる。警察による尋問と有罪の恐怖。 全てが解決されても人間の心理の謎が残る。 初読。
 梅崎は「ボロ家の春秋」(1954)で直木賞受賞。ミステリーは数編だそうだ。

 楠田匡介「脱獄を了えて」は、獄中の男が妹を捨てて自殺に追い込んだ敵に復讐しようと脱獄に挑む。あらかじめ打った布石と果敢な行動。暫しの自由を得て憎い相手はまんまと仕留めた。だが自らの運命も皮肉なものになった。
 楠田のペンネームは戦前の連作小説『楠田匡介の悪党ぶり』の主人公の名前を借りてきてつけたもの。 作者は初期は本格もののトリックメーカーであり、後期は司法保護司を勤めていた経験を生かした脱獄もので知られる (→作品目録)。

 遠藤周作「影なき男」は、気弱な勤め人の男に迫る不気味な脅迫者。同僚に借金の催促もできず細君の不興をかっている彼にはシベリアで仲間を売って生き延びてきたという後ろめたい過去があった。 償いなどできるものじゃない。いっそ殺そうか。 日常に生じた亀裂を描いて重苦しい。 初読。
 この作者に怪奇小説が多いことは有名。

 吉行淳之介「電話」は、洋服店にかかってくる間違い電話が夫婦それぞれに呼び起こす動揺。主人の妹は、電話の後で決まって散歩に出かける兄の浮気を疑って義姉に後をつけることを勧めるが、結局何事もなかった。 作者は彼らの内面を神の立場から解説する。 初読。

 火野葦平「詫び証文」は、「江戸川乱歩さん、すみません。やっぱり駄目でした。」と始まり、原稿が書けない近況をお詫び代わりに書いたという設定。 腰が立たずに寝込んでいるところに甥が勤め先で募集した短編小説の選をしてくれないかと頼みに来る。さらにその十三本の中に自分が書いたものが混じっているからそれがどれかわかるか賭けをしないかと言う。よしと引き受けたものの、どの小説もできはそこそこいいがどれが甥が書いたものだか見当つかず……。 探偵小説を書こうという意気込みが大きすぎるとこういうつくり過ぎをやってしまうものらしい。 初読。
 作者は「西瓜畑の物語作者」や「怪談宋公館」など怪談・幻想小説でいいものを書いている。

 山田風太郎「怪異投込寺」は、吉原の名妓薫と画狂人葛飾北斎を主役に据え、遊女や心中ものの死体が葬られる投込寺の墓掘り老人の正体を暴く。歴史上の人物を大勢登場させて意外な人物をかみあわせる作者らしい手法。女の菩薩と夜叉の二面性を突く。
 これと同じ年に忍法帖第一作『甲賀忍法帖』を発表、大ブームを巻き起こした。

 多岐川恭「ある脅迫」は、先日読んだばかり。どんでん返しの連続と気弱な脅迫者の肖像が迫力を持つ。

 石原慎太郎「水中花」は、男関係が派手な女優が別荘地の海岸で溺死した事件。これは事故で決着したが、主人公はある理由からその真相を追う。 ヨットやクルーザーなど作者の得意な道具を用いたトリックがあっても、感触としてはハードボイルドである。 初読。
 石原は言うまでもなく現東京都知事。ミステリー系アンソロジーには「鱶女」や「弔鐘」が収録される。

 創作の方は21編中初読が15編。 初読のものでは高木や横溝の力作中編などがいまさらながらも面白い。
 中島河太郎による「『宝石』十九年史」は、要領よくまとめられた貴重な評伝である。


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