イネスのアプルビイ警部シリーズものの長編。『学長の死』『ハムレット復讐せよ』『ある詩人への挽歌』に引き続く、作者の全盛期の作品だという。
分量の方も並でなく、世界探偵小説全集で一番の分厚さである。
悪党から出発して正義の人となったスパイダーは大衆文学上のヒーローである。その生みの親の作家リチャード・エリオットを脅かすような事件が起こる。初期の悪党スパイダーが現実に甦って作者の周りに悪さを仕掛けるようになり、しかもその方法というのが誰にも読ませずに破棄した小説にあるのと同じだというのだ。
エリオットの息子ティモシーはその騒動の解明を大学の指導教官ウインターに依頼する。また、娘ベリンダはアプルビイ警部の妹パトリシアの親友であり、非公式ながら警部もラスト・ホールと呼ばれるエリオット邸に出馬することになる。
とても分厚くて読んでも読んでもなかなか進まない。中盤までは大変。
主に二つの舞台で展開されて、館ものとしての道具立てには事欠かない。ラスト・ホールにはスパイダー関連の出版関係者が集まってパーティー三昧。ここでのクライマックスは素人演劇の上演だが、これが悲惨なほどに外しまくっていて凄い。泡坂妻夫『11枚のトランプ』のマジキ・クラブの公演を思い出したくらい。
終盤は、かつての武器商人が建てたシューン・アビーに移動する。悪趣味な建物が林立し、偽廃墟や風景庭園までつくられた場所である。貴重な本や手紙が納まった文書庫、地下の輪転機などブッキッシュでもある。
作家とキャラクターの相克というテーマはとってもそそられるものがあった。
莫大な利益をもたらすスパイダー産業に終止符を打とうとするのは誰なのか。
作者の頭の中をのぞいたのとしか思えないジョーカーの秘密は最後の最後まで引っ張られる。
そして最大の趣向かもしれないのが、この話がどんな話になるか最後までわからないこと。読み終わってようやく、なるほどこういう話だったのかとわかる。
何と言うか、イネスという人はかなりとんでもない作家だったんだろう。
誤植や、訳文に意味が取りづらいところがいくつか見受けられたのは残念。ただでさえわかりにくい話なので興を削がれる。