『黒岩涙香集』に次ぐ明治探偵冒険小説集の二巻目は快楽亭ブラック。明治の英人落語家である。西洋人情話を得意としたがその中には探偵ものも含まれる。その演目の多くが口述筆記されて出版された。
本書はそれらの収録である。
快楽亭ブラックのことは江戸川乱歩が「明治の指紋小説」で取り上げている。
私は高校時代に現代教養文庫版『探偵小説の謎』を愛読していたので、今これを読めるということに実に感慨深いものがあった。
「流の暁」では、フランス革命が起こって沢辺男爵はイギリスに亡命したが、そこでフランス語教師として貧しい日々を送る。生活のためにある女を娶りはしたが、ナポレオンによる王政復古で貴族の地位が取り戻せると知ったときに妻を置き去りにして帰国してしまう。残された女は双子の男の子を産んだが、貧しさで育てきれずに一人を捨ててしまう。捨てられた方の丈治は金貸しのところに奉公して番頭となったが、親元に残されながらもごろつきとなった片割れの次郎吉に出会ってから転落が始まる。
前半は人情話なのに後半に急に探偵ものになる。双子が出てくるので例のトリックが使われる。このトリックはミステリー前史に嫌になるほど使われていたのに違いない。
「車中の毒針」で、画家の加納は乗り合せた馬車で美人が急死するのに出食わす。翌日、加納の元を尋ねてきた画学生の伊藤次郎吉は加納からその話を聞いて、加納が現場から持ってきた金の針に毒薬が塗ってあったことを看破する。伊藤は道楽でこの件を探偵したいから全て任してくれと加納に言った。
伊藤が素人探偵としてどんな活躍をするのだろうと思って読んでいたら、いきなり警察にいたと思われる人物にどのように手をつけたらいいだろうと相談を持ちかける。
それが読者には犯人とわかっている人物なので唖然とした。
本当の探偵は思いもつかないところから出現して、これも随分とびっくりした。
「幻燈」では、岩出銀行主人の岩出義雄はふとしたことから乞食の少年山田又七を拾って使用人として面倒を見るようになった。又七は教育も受け真面目な社員として将来を嘱望されるようになった。ところが又七は主人の娘おまさと恋仲になり、それが主人の逆鱗に触れて解雇されてしまった。ところがちょうどその晩に主人が銀行で殺されて、嫌疑は又七にかかってしまった。おまさから事情を聞かされた主人の弟の弁護士、岩出竹次郎が真犯人の探求に乗り出した。
殺害の現場には犯人の血染めの手形が残っていた。東洋に旅行した経験がある竹次郎はその模様で個人を特定できることを知っていて、幻燈機で使用人たちの掌紋と照らし合わせることで犯人を探し出す。これがマーク・トゥエイン「ミシシッピ川の生活」(1883)に次ぐ世界で二番目の指紋小説だと言われている。海外の原作なしの創作なら乱歩が評価したように作者は大したものである。
「かる業武太郎」では、発明家の松本義平は苦労した発明の代価として得た五千円を突如侵入してきた盗賊に奪われるとともに打ち所が悪くて絶命してしまう。義平の娘のおしずは賊をどこまでも追いかけて、見世物小屋に出ていた軽業師の世界亭東一を犯人だと告発する。だが、東一は証拠不十分で釈放されてしまった。
おしずは絶対に父の敵討ちをしようと心に決める。だが、野原で暴漢に襲われて危ういところを神田武太郎という男に救われて、彼の言うままに動くようになる。実は神田武太郎は父の敵の東一と同一人物だった。
おしずがあまりに無鉄砲で考えなしで登場人物みんなが引きずられる。
何というか、苦笑するしかない。
涙香の翻案小説と同じく舞台はロンドンやパリでも人名は全て日本人名に直されている。涙香の新聞小説が大人気だったように、これらの演目も人気だったようだ。
こんな落語を我らの父祖が楽しんでいたのだと思うと、明治の御世に親しみを感じる。