積ん読の中から手に取ってみる。元版は1968年、講談社より。
『伯林−一八八八年』の江戸川乱歩賞受賞後第一作である。
『伯林』が歴史ミステリーであったのに対し、本作は企業における産業スパイ事件と思われるものを題材にしている。
光和化学の社史編纂室の稲垣は突然社長から呼び出しを食らって仰天する。社長室にいくともうひとり調査課の雨宮敏行も呼ばれていた。
社長の長女の婿である研究担当重役の岸田が社運をかけた新製品NK剤の研究メモを身につけたまま失踪してしまったと言うのだ。警察にも届け出たが社内でも調べる必要があり、警視庁敏腕警部の息子であり学生時代に探偵の才能を発揮した雨宮が適任だと判断された。
雨宮が相棒として旧友の稲垣を指名したと言う。
二人は失踪事件の調査にかかるが調べれば調べるほど得体が知れない。第二の事件が起こってついに正式に警察が介入することになり、さらには犯人の魔手は社長の次女にまで迫る。
発表当時は社会派全盛の本格暗黒時代にそろそろ差し掛かったころ。作者は一企業内の事件の社命による調査員という形で名探偵の復活を図っている。
『伯林』の歴史ミステリーと同様、従来の探偵小説に対する荒唐無稽という批判を封じる知恵のあるやり方である。
中身はというと端正な本格であった。旧家の一族を企業の重役連に置き換えたようなもの。得体の知れぬ悪意が光和化学と社長一族に迫る。
雨宮は稲垣からは学生時代の仇名のエラリイ・レーンと呼ばれるように名探偵そのものである。
犯行に驚天動地の大トリックは使われない。
地味であるが実に確実に組み立てられている。
それでいながら結末のサプライズには驚くべきものがある。全てがわかった後では犯罪計画の綿密さに驚嘆せざるを得ない。
そして作者がそのためにどんな手がかりを残しておいたかにおいても。
海渡英祐という作家はなかなかたいしたものである。
本格の困難な時代に出発したのであるが、敢えてその困難さを逆手に取るようなチャレンジ精神を持っている。
現在その作品の大部分が入手困難であるのが惜しい。