作家シリーズ/狩久


 泡坂妻夫『生者と死者』のあとがきで久々に狩久の名を見た。そもそもこの趣向は狩久のアイディアの借用だという。さもありなん、といった感じ。ならば没後18年、狩久について語るのもまた意味があることだろうか。

 初期の代表短編のひとつ「すとりっぷと・まい・しん」では、胸を病んだ青年が憧れる美しい叔母のために遠隔殺人を謀った顛末が語られる。溢れる叙情と瑞々しさ。トリックは独創的だが実現可能かどうか。乱歩先生に題名の表記がおかしいと評された作者は、これは Striped, My Sin(暴かれたり、我が罪)の発音を取ってストレプトマイシンにかけたものだと反論する。これも才気と稚気のあ らわれか。

 <幻影城>に再デビューを飾った「追放」はSF短編。これを皮切りにまた凝りに凝った作品を発表することになる。

 「虎よ、虎よ、爛爛と−101番目の密室」のタイトルは、SFファンなら誰でも知っている例のブレークの詩から取った。《外部から鍵にかかった部屋の外で屍体が発見され、犯人はその部屋の中にいた》といういわば世界全体を一枚の扉で密室に封じ込めた設定。登場人物は美貌の探偵作家江川蘭子にサーカスの虎使いアルフォンゾ橘ほか個性的な面々。探偵役をつとめるのは<宝石>時代から のレギュラー、瀬折研吉と風呂出亜久子のコンビ。作者自身が生き生きと楽しんでいるのが感じとれる。

 そして、幻影城ノベルスより処女長編『不必要な犯罪』を刊行。アンカットフランス装で同時に発刊されたのは、泡坂妻夫『11枚のトランプ』天藤真『炎の背景』筑波孔一郎『殺しは死の正装』。泡坂と筑波もやはり処女長編。
 『不必要な犯罪』は、今回この稿を書くために初めて読んだが、いきなり《余りにも個人的事情に基づく序章》で作者が十数年に亙って探偵小説の筆を絶った訳を今明かすと宣言されて吃驚した。
 杏子と葉子の美しい姉妹と二人をめぐる欲望の構図。耽美な官能の描写。はたして姉妹の一人が殺され、もう一人にも魔手が迫る。どちらが必要な犯罪で、どちらが不必要な犯罪なのか。だが、結末で登場人物がこう独語する。
 「大抵の殺人は不必要だわ。手のこんだ殺し方をするまでもなく、人間は死ぬんですもの。五十年も待ちさえすれば……」

 「らいふ&です・おぶ・Q&ナイン」こそが超探偵小説である。探偵作家狩久の死亡通知が各方面に送られ、葬式に十一人の人物が集まった。妻、二人の息子、作家夫妻、犯罪学教授と学生、社長、カメラマン、編集長、……。そして故人の屍体。訪れては愁嘆場に暮れる淫らな美女たち。
 犯罪学教授は狩久の十数年の断筆について仮説をたてる。狩久は二人いた。小説を書く方がカリQ、書かない方がカリ・ナイン。Qは宇宙人に連れ去られ、ナインは身替りとして残った。小説家は語る。狩久の師である三人の作家のことを。オー・ヘンリイ、シャーウッド・アンダスン、アンブローズ・ビアス。この三人には蒸発という共通点がある。やはり宇宙人の陰謀か。
 白熱する議論は美女集団の乱入により妨げられて……。

 <幻影城>No.38狩久追悼特集号にて編集長島崎博は「らいふ&です・おぶ・Q&ナイン」の続編について語っている。「らぶ&らすと……」「ばあす&みす……」「ふぃにっしゅ&う゛ぁにっしゅ……」「とおく&じょーく……」と続き、『裸舞&裸婦奇譚』という長編にまとまる。狩久をめぐる人々がどたばたを繰り返し、狩久作家論が語られ、宇宙人の陰謀が進行する。一体Qはどこにいる。
 この『裸舞&裸婦奇譚』は私にとっていっぺん読んでみたいという思いばかりが募る見果てぬ夢の書です。
 だがしかし、<幻影城>休刊とともに原稿が散逸したとされた日影丈吉『夕潮』も、5年前に発見され刊行された。『裸舞&裸婦奇譚』にしてもいつの日か読者の目に全貌を晒す日が来ないとはいえない。その日を待ち続けるしかない。

 探偵小説を書くという行為に取り付かれ、折角の再起の途端に倒れ臥した人、狩久を今再びここに悼む。
 私がこのような稿を書いたことで、泡坂先生もお喜びだろうか。



<追記>
 『生者と死者』のあとがきに と経歴が紹介されています。ここで「永山」は「氷山」の誤植です。
→冒頭
→狩久目次
→作品目録
→表紙