矢吹駆シリーズ第五作。前作『哲学者の密室』よりなんと十年振りである。
ナディア・モガールは友人の医学者デュヴァルの依頼を受けてギリシアに赴くことになった。彼はアフリカで人間の免疫を破壊して死に至らしめる伝染病の研究中にその病に倒れ、その研究の成果をある人物に届けてほしいと言うのだ。
ナディアは死を目前にした友人の依頼を引きうけるとともに、矢吹駆に同行を頼んでニコライ・イリイチの危険が迫るパリから一時的にでも退避させようと企てる。ところが、ナディアのもくろみも虚しく、二人はイリイチの陰謀の真っ只中に飛び込むことになった。
クレタのミノタウロス島の富豪の豪邸に謎めいた会議のために集まった人物たち。
電話線は切断されクルーザーは嵐に転覆して外界との連絡は絶たれる。
そんな中でミノタウロスの神像への捧げもののように殺されていく人々。
矢吹駆シリーズはそれぞれが一つずつ違うミステリーの意匠を扱っている。第一作『バイバイ、エンジェル』が顔のない死体、第二作『サマー・アポカリプス』が見立て殺人、第三作『薔薇の女』が連続殺人犯とミッシング・リンク、第四作『哲学者の密室』が密室、そして本作が孤島とクローズド・サークルである。
孤島に閉じ込められ正体不明の殺人者が跳梁する中、ナディアや駆は同じ境遇にある哲学者らとの議論を重ねる。私とは何かという問いが、外界との向き合い、外部と内部の境界の線引き、近代以降に成立した監獄における囚人からは見えない看守の存在
など、彼らが置かれているクローズド・サークルの状況と奇妙に一致する。
これが実に面白い。
ミステリーとしても力作である。閉鎖状況の中にも関わらず事件は次々と起きてその解決はとにかく複雑極まりないものとの予測だけはつく。だが、ナディアによる当座の解決を経て、駆による最終的な解決に至って全てが氷解した。ただ単に複雑なものを無矛盾に解いたというのではなく、複雑な中にもいくつかここぞという肝の部分があるのがいい。
駆の言う本質直感とも一致する部分だが、単純明快なものこそが何よりも強く物語としての印象を決定付けた。
こうして哲学部分とミステリー部分の融合がかなりよいところまで成し遂げられている。少なくとも『哲学者の密室』よりもできはいいと思う。
このシリーズとの付き合いも初期三作の文庫化の頃からだからそろそろ丸二十年くらいになる。
もうあまり待たせないで決着がついてくれると嬉しいのだが。