元版は2004年4月、新潮社から。『スキップ』『ターン』に続いて三度目の直木賞候補作だったという。
連作短編集。空想癖のある資産家の男が海辺の町で小部屋を借りて寝椅子に横たわり、津々浦々から募集した十七人の女たちの語る話に耳を傾ける。女たちは年齢も職業も様々で、そうしているうちに季節は春夏秋冬と移り変わっていく。
そういう枠があるが、各々の話に関連は一切ない。
話自体は幻想小説風のものが多いが必ずしもそれ一色ではなく、語り女の単なる身辺雑記のようなものもある。
気に入った話をいくつか紹介しよう。
「緑の虫」は、光沢のある緑のシャツを着た小さな男の子を連れた女の話。彼女は京都の嵯峨野の竹林に分け入って不思議な体験をしたという。最後の一行が実に巧みで、巻頭作として相応しい。
「違う話」は、制服で短髪の中学生の女の子が語った話。彼女が本屋で買った文庫本の『走れメロス』は教科書で読んだのと違う話だった。悪党のメロスは自分を友と思う男を磔刑にさせるために懸命に走り抜く。怖い話だがそのままで終わらせないところがこの作者らしい。
「眠れる森」は、不眠症の画家の展覧会から帰ってきたところだという女の話。そこで落ち合った友達は「眠れる森の美女」のモデルである東欧の森に行ったことがあると言う。眠りと不眠が茨のように絡み合う洒落た短編。
「Ambarvalia」は、本を抱えた幸せそうな女の話。
中学時代からの親友と何もかも好みが一致していたが、その親友の結婚相手もまた自分が結婚したくなるような男だった。諦め切れない彼女は彼の愛読書の詩集を借り出す。
これも書物綺譚だが実に官能的。
「水虎」は、染物を扱う会社に勤める若い女の話。彼女の同期の水君は何かと熱く、背骨が悪いからと頭を下げることをしなかった。だが、彼女には時おり彼の奇妙な行動が気にかかるときがあった。
幻想ものだが謎解きがあってしかもユーモラス。
「梅の木」は、老人介護施設に勤める女性の話。彼女の勤め先の近くに車を留めて寝泊りする老人が現れて問題視されるようになった。あるとき彼女は初めて老人に呼び止められる。その会話が何とも凄い。語りというもののパワーを感じさせられた。
読み手によって好みはあるだろうが、特に最後の三編は文句なしの傑作と言ってもいいだろう。