甲賀三郎

甲賀三郎


 本名春田能為(よしため)。農商務省の化学技師を経て職業作家となる。

 甲賀は商売柄、理化学的トリックを用いた本格物を得意としました。その最も成功した例は、*「琥珀のパイプ」です。遠隔放火のトリックがなかなかで複雑なプロットとまずまず無理なく結びついています。荒唐無稽の一歩手前だったけど。でも、これと並称される「ニッケルの文鎮」まで来ると頂けませんでした。それから*「蜘蛛」。独創的なトリックであることは認めるけどあまり実用的ではないような。

 他には、殺人者の焦燥を描きじわじわ恐くなってくる「悪戯」、法の弱点を扱い、馬鹿馬鹿しいながら効果的な錯誤のトリックが買える「情況証拠」、捜査の不備から無罪になった男が直面する運命の皮肉「四次元の断面」等があります。

 中編では、*『黄鳥の嘆き』。日本アルプスの雪渓の発掘を始めた若き子爵、という魅力的な発端。その子爵が急死し、唯一の友人である青年弁護士に遺書が残される。子爵は実は父子爵夫妻の子ではなく、彼の乳母こそが真の母親だったのだ。出生の秘密に悩み、財産を狙う叔父を偽者かと疑る彼。彼の死は果たして叔父の仕業か。真相を悟ったがどうすることもできない弁護士の前に劇的な結末が訪れる。人間同士の絆を描き、冒頭の謎も見事に処理されるこの作品こそ甲賀のベストだと思います。

 長編では犯罪実話の*『支倉事件』が力作です。逃亡中でありながら警察を愚弄する手紙を次々と送り付け、逮捕されても頑強にその犯行を否定し、裁判では獄死するまでの八年の長きに渡り執念と呪詛の鬼と化し冤罪を主張し続けた一人の男。その肖像がこわいほど鮮明に描出されています。大正時代にもいたんだ、こんなとんでもない奴が。

 甲賀には多くの創作長編がありましたが、現在では殆ど入手不可能です。例外は春陽文庫の『姿なき怪盗』くらいなものです。主人公の新聞記者獅子内俊次は犯罪をしないルパンを以って任ずる快男児。対するは和製バルメイエ三橋竜三。読まなくともどんな話かはわかるでしょう。彼は戦前にこんな通俗活劇長編を山ほど書いて大流行作家になりました。しかし、現代ではすっかり忘れ去られています。甲賀三郎の悲劇は粗製濫造は袋小路でしかないことを教えてくれます。志は高く持たなければならないのです。私は、今日のうつろなブームを形成する量産作家の何人が四十年後まで読まれているか、非常に楽しみです。



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