本名光次。医学者。探偵小説勃興期に評論家、随筆家としてその普及に貢献。後に創作にも着手。翻訳も多数ある。
不木は、一時期東北帝国大学医学部の教授だったことがあります。もっとも持病の肺結核のため仙台に赴任することさえなく退官していますが。
彼の作品にはメディカル・ホラーというような話がかなりあります。例えば、愚図、のろまと蔑まれていた男の世にも残酷な復讐譚*「痴人の復讐」、人肉食を扱った「手術」、容疑者に自白させるために目前で被害者の死体を解剖する「三つの痣」。こんなおぞましい話を書いていたら、不健全派のレッテルを貼られてもしょうがないと思います。
これらは科学者の冷徹な視線がもろに出て残酷趣味に偏ったものですが、さらに黒い笑いが加わると、もっと洒落た話になります。雨月物語の本歌取り「死体蝋燭」、皮肉な文体が楽しい「死の接吻」、人間機械説を信奉した医学者の失敗談「人工心臓」など。
しかし、なんといっても最高傑作は*「恋愛曲線」です。前記のものにロマンチシズムが融合して生まれた血みどろな恋物語(ラヴストーリー)です。流れた血の量は最初に挙げた三編のどれよりも多い。だが、ここで謳いあげられた愛の純粋さは切々と胸に迫ります。
長編『疑問の黒枠』では、主な登場人物全員に探偵行動をとらせるという離れ業を演じています。これは、不木が超人探偵に不信の念を抱いていたためです。まあ、ストーリーで読ませる通俗物ですが。これを本格でやれたら大した物になったろうになあ。なお、末尾で作者を思わせる法医学者が世間は法医学鑑定を鵜飲みにしすぎると述懐しています。不木が古畑種基博士の親友だったことを思い起こし感慨無量でした。
不木は、自分の作品があまりに残酷、悪趣味であることを反省し*「闘争」を書きました。二人の医学者の論争とそのために起こった犯罪の顛末を重厚な筆致で描いた力作です。彼はこの作品で作風を広げましたが、惜しむべきことにこれが絶筆となってしまいました。
不木には、塚原俊夫少年の活躍する『少年科学探偵』シリーズもあります。昔なにかの児童文学全集で読みましたが、たいへん面白かったという記憶があります。