論創ミステリ叢書及びちくま文庫の明治探偵冒険小説集より。ちくま文庫収録の『幽霊塔』は既読でパスしたので実質的に論創版の書評になる。
黒岩涙香は探偵小説の枠には収まり切らない明治のジャーナリスト。発行する新聞の売上げ拡大のために自ら波乱万丈の翻案小説を精力的に書き続けた。その作品は江戸川乱歩を始めとする後続の作家に大きな影響を与えた。
涙香の作品はたびたび復刊されているが、常に読めるものがそれほど多かったわけではない
(→作品目録)。
論創の叢書では明治の作家は他に徳冨蘆花があるだけ。
創元推理文庫版日本探偵小説全集第一巻『黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎 集』では、文章が読点ばかりで句点がなくて非常に読みにくかったのだが、ちゃんと補ってくれてあり全然支障なく読める。
論創社版では涙香の探偵小説の短編を集成した。一巻目は創作としての代表作「無惨」と、1889-1890年頃新聞に掲載された短編を収録した『涙香集』(扶桑堂:1890)収録作を併録したもの。
さすがにこの頃の作品は何かのパターンの原型のような話が多い。
「金剛石の指環」はポオ「早すぎた埋葬」(1844)の系譜。「婚姻」はドイルのあるホームズものの短編(1892)を思わせる。
比較的長いのは「生命保険」と、中編といえる長さがあった「探偵」の二編。
「生命保険」で、ヒロインは継母から実父が急死したとの知らせを受けて外郎村に赴く。着いたときには亡骸は既に棺に入れたとのことで死に顔も見られなかった。その夜に傷心のヒロインの寝室を覗く者がいた。彼女にはそれが亡父の幽霊に思えた。ちくま文庫版の解説にはヒロインの寝台を覗く亡霊のイラストが載っているが結構おっかない。これはかなり印象に残る絵で以前どこかで見た記憶があった。
話自体はヒロインの恋人となる青年が探偵役になって合理的に謎が解かれていく探偵ものだった。
「探偵」は、米国オリアン州で中井銀行の頭取に個人的に預けられた現金が紛失した事件。疑いは頭取の姪の松子にかかったが、彼女を愛する会計長の小谷が自分が犯人だと自首して出た。だが、松子を陥れようとする悪人たちの陰謀には切りがない。警察署の敏腕探偵水嶋が出馬するが苦戦を強いられる。
大勢いる悪党に対して、警察署の探偵のはずなのに水嶋一人で何もかもしなけらばならないようで、しかも同僚が足を引っ張ったりもするので、なかなか事件が片付かない。そのせいで無駄に波乱万丈になってしまったような。
二巻目は独自に編まれた短編集。中編と言えるくらい分量があるのは既読のガボリオの翻案二本と「幽霊」「秘密の手帳」くらい。
「幽霊」は、駆け落ち同様に結婚した妻をアメリカに置いて帰国した男は兄の財産を継ぐとともに、旧細が死んだと称して新しい妻を娶った。ところが生きていた旧細がアメリカより帰国した。余りのことに戸長が男を追及するが、男は病で衰えて死んでしまう。その後、村のあちこちで男の幽霊が目撃されるようになった。一種の勧善懲悪ものであるが、幽霊が存在するのかしないのか最後まで明かさないのが味噌。
「秘密の手帳」は、熱病で死のとこに伏せる兄から秘密の手帳を処分してくれと頼まれた弟は兄の恐ろしい秘密を知る。だが、それはもみ消すことなど到底できず、病の床に警察が踏み込むようになる。弟は兄を庇って連行されるが……。家庭内の悲劇を題材に取るが、結末でかなり驚かされた。
後はショートショートのようにごく短いものばかり。
「父知らず」は、自分の父が何者かを知りたがった男が陥った奈落。今でいうサイコ・スリラーの原型のようである。
「女探偵」は、見開き2ページしかないがユーモラス。
なかなか読むことができなかった涙香の短編がまとまったことはありがたいが、これくらいの分量なら一巻本でよかったのではないか。