昭和6年、東京市千駄ガ谷町でパス屋と呼ばれる高利貸しの工藤が自宅寝室で頭部を強打され死亡した。警察は工藤の妻もと及びその情人長谷川を逮捕したが、彼らは無実を訴えつづける。
探偵小説作家江戸川乱歩はこの事件に興味を抱いていた。断筆宣言をしての放浪時にこの事件の発端とも言うべき男女の会話を漏れ聞いてしまっていたのだ。
乱歩に近づいてきた元新聞記者で作家志望の長田は、乱歩の助手に任じられパス屋殺しの調査に当たる。だが、この市井の一事件の背後には何と国際的な大事件が見え隠れし、幾多の人死にを引き起こしていく。
読む前に想像していたよりは面白かったというのが正直なところ。随分ごたごたしているし、「共産党の陰謀」なんて出てくると鼻白んでしまいはするが。発端の事件は本当に実録らしいが、全然かけ離れたところへとんでいってしまっている。筆者は実録ものを得意とするようだが、この作品の構成はまったくわけがわからない。
浜尾四郎が苦境に立った乱歩を子爵としての人脈を使ったり本業の刑事専門弁護士として助けたり、工学士の海野十三に乱歩が『湖畔亭事件』に出てきたような潜望鏡の製作を依頼したりと、探偵小説ファンへのサービスも充分。また黄金仮面がとんでもな使われ方をされ、実在人物の阿部定が「きみのほうがぼくより上手な探偵小説が書けそうだ」と乱歩から評されるほどの活躍を遂げる。
それでもまあ好事家が読んでさえいれば充分な作である。