京極夏彦『塗仏の宴 宴の支度』

京極夏彦『塗仏の宴 宴の支度』


 この上巻でさんざんと謎をばら撒かれ、奇妙な人物たちに意外な行動を取られ、あっけに取らされてしまったが、はてさて。
 この始末が付くというのが七月、というのはとてもでないが待ちきれない。でも当座はこうして覚え書きをとどめておくしかないわけだ。

 第一話「ぬっぺっぽう」の語り手は関口。<月刊実録犯罪>の依頼で消えた村を求めて伊豆の韮山山中を放浪する。元巡査の光保は戦前に駐在として勤務していた伊豆山中の戸人(へびと)村で、その肉を食した者に長生を与えるという肉人「ほう」の存在を知ったという。一箇村の住民虐殺の噂を告げる新聞記事。一体村に何が起こったのか。
 異空間での名状し難い体験のあとで、関口は殺人容疑者として拘禁される。最後の記憶として彼の脳裏に大写しで残るのは、薬売りの顔……。

 第二話「うわん」の視点は、『狂骨の夢』のヒロイン南方朱美。沼津に落着いた彼女は浜辺で奇妙な自殺志願者、村上に知り合う。村上には少年時代に郷里の紀州熊野から攫われたという過去があった。朱美はその話を夫の商売仲間の薬売り尾国誠一に話して聞かせる。
 村上はなおも得体の知れぬ不安感に苛まれ、二度三度と自殺未遂を繰り返すが……。

 第三話「ひょうすべ」の語り手は関口。京極堂と古本屋薫紫亭主人宮村香奈男の交す妖怪談義、河童とひょうすべの違いを延々と語るがいつしか意外な方向へ。
 宮村の知人の元編集者加藤麻美子は、ひょうすべに似た男を見た翌日に肉親を失うという経験を二回もしたという。最初は二十年前、郷里の韮山山中で祖父只二郎と共に遭遇、その翌日父親が急死した。二回目は去年で、その二日後に娘を失った。
 ところがそのひょうすべに似た男とは、<みちの教え>修身会会長の磐田純陽と判明。<みちの教え>にのめり込む祖父只二郎は、麻美子にひょうすべなどという言葉すらも知らないと言明。果たして記憶をいじられたのか。

 第四話「わいら」の視点は、京極堂の妹、中禅寺敦子。手を触れずに気で相手を倒すという韓流気道会なる武道団体。その取材でトラブルに巻き込まれた敦子は門下生に襲われそうになり、同じく狙われていた女を匿う。彼女を部屋に連れ帰った敦子は、それが占い師の華仙姑処女であることを知る。華仙姑、本名佐伯布由は、自分の予言が中るのは、何者かが作為的に成就させているからだと言う。困惑した敦子は、彼女を榎木津探偵の事務所に連れて行く。榎木津は彼女の過去の一体何を幻視したのか。

 第五話「しょうけら」の視点は木場刑事。猫目洞でお潤の紹介の女工三木春子から、奇妙な手紙について相談を持ち掛けられる。その手紙には彼女の毎日毎日の行動が事細かく書き記されている。だがその差出人の男工藤にはどうやっても彼女を覗きにこれるわけなどなかった。
 この二人が知り合った長寿延命講に不審を持った木場は、京極堂を訪ねて庚申講についての講釈を聞く。京極堂が言う本末転倒とは一体何か。

 第六話「おとろし」の視点は、なんと織作茜。前作『絡新婦の理』のヒロインが早くも再登場。
 蜘蛛の巣屋敷を売り払い、身の振り方を決め兼ねていた茜は、祖父の弟、製鉄会社の重役、羽田隆三から側近にならないかとの誘いを受ける。
 羽田の会社の新しく雇った経営コンサルタント南雲は伊豆に新本社を立てようとしていた。また、羽田が設立した徐福研究会を任せていた在野の学者東野も伊豆に資料館を立てようとした。ところが両名ともに経歴を詐称していたことが判明。しかも互いに互いのことを知らぬはず。
 茜は織作家に伝わる石長姫の神像の奉納も兼ねて伊豆へ向かう。下田富士の山頂で出会った自称郷土史家は六芒星の紋をまとい、茜に「この世には不思議でないものなどないのです」と告げる。


******以下ねたばれ注意******

<真相及び予想>
 第一話
 戸人村は実在した。おそらくは「くんほう様」も。村人虐殺の隠蔽工作をしたのは旧軍であり、後には進駐軍も関与した。今の村人は余所から移住させられ、記憶がいじられている。
 ひょっとすると、京極堂中禅寺秋彦が軍の研究者としてこの洗脳に関与していたこともありうる。
 この謎を暴いた自称郷土史家の堂島静軒はかく語る。
 「世の中には不思議でないものなどないんですよ」
 この人物が京極堂となんらかの因縁があることは疑いようがない。
 関口が最後に見た薬売りと、光保が佐伯家の秘密を知る切っ掛けをつくった薬売りはおそらくは同一人物であろう。

 第二話
 少年時代の村上を攫った薬売りは六芒星の籠目の紋を付けていた。薬売りは、お前の家族は居なくなるかもしれぬ、ともらした。郷里の新宮は徐福の蓬莱伝説縁の地である。
 村上少年が入れられた東京中野の施設とは陸軍中野学校ではないか。
 尾国誠一は村上兵吉の名に憶えがあった。
 村上は強制的に鬱病を発症させられて、その結果自殺に追い込まれた。尾国は術をかけた者を<みちの教え>修身会の磐田だと断定する。そして尾国は村上を彼の父親が住むという韮山に誘う。全ての謎は戸人村につながる。

第三話
 記憶をいじられていたのは、祖父ではなく麻美子自身であった。
 麻美子を罠に掛けたのは、薬売りの尾国誠一。彼は麻美子に催眠術をかけ、彼女に娘を殺させる。麻美子を占い師華仙姑処女に帰依させるがために。
 磐田純陽と華仙姑・尾国はなぜこの祖父と孫娘にこうも執着するのか。やはり韮山の土地が諸悪の根元か。

第四話
 華仙姑こと佐伯布由は敦子に対し、十五のときに村人全員を殺害して郷里を出奔してきたと語る。その村こそが戸人村であり、布由は村の名主佐伯家の娘である。
 占い師華仙姑としての彼女を陰で操っていたのが、またもや尾国誠一。尾国は華仙姑の予言を催眠術で思うがままに利用していた。
 布由自身は尾国は十五年前に死んだものと思っていた。当時から村に出入りし、「くんほう様」を探っていた薬売りこそが尾国だったのか。
 一方、華仙姑を狙っていた政治結社でもある韓流気道会の目的は何か。襲われた敦子と布由を救った通玄は長寿延命講の主宰である。ここにもまだ裏はあるだろう。

第五話
 長寿延命講のからくりは、こういう風に生活せよと事細かに指示を出しながら、それとは相反する行動を取らせる暗示を掛けることであった。指示を守れなかった会員は高い金を払って生薬を買うことになる。
 工藤はこれを己の目的に利用したのだった。
 またもや出た。人間の自由意志がいかに頼りないものかというモチーフ。
 長寿延命講を暴いた藍童子とは何者か。
 春子もまた静岡の土地を遺産相続していた。

第六話
 織作茜の絶命がなんとも吃驚。そして残念。茜さんには石長姫の末裔として末永く生き抜いて欲しかったのだが。
 そしてその死亡が冒頭の関口の幻想につながる。茜殺しの犯人として警察に留置される関口の運命は。
 十五年前の戸人村の事件の時効もあと僅か。


<怪しい人リスト>
堂島静軒
 自称郷土史家,六芒星,「この世には不思議でないものなどないのです」,韮山に出入り

尾国誠一
 薬売り,華仙姑の黒幕,加藤麻美子を罠に掛ける,十五年前に戸人村に出入り,<みちの教え>磐田純陽を知る

刑部
 道教系新興宗教<成仙道>の幹部,村上兵吉にかけられた術を見抜き利用しようとするが、尾国誠一に見破られる

磐田純陽
 <みちの教え>修身会会長,村上兵吉に術を掛ける?,加藤只二郎を篭絡

韓大人
 韓流気道会会長,政治結社,華仙姑を狙う

通玄(張果老)
 長寿延命講主宰,韓流気道会から敦子と華仙姑を救う,三木春子の土地を狙う

藍童子(彩賀笙)
 自称超能力者,通玄のからくりを暴く

南雲正司
 経営コンサルタント,風水師,経歴詐称,伊豆の土地に執着

東野鉄男
 徐福研究会主宰,在野の学者,経歴詐称,伊豆の土地に執着,陸軍で兵器開発,戸人村の出身


→冒頭
→京極夏彦目次
→読書日記
→表紙