『狂骨の夢』

『狂骨の夢』


 大風呂敷の広げ方は随一といってよい。
 前作の後日談をもたらした伊佐間が逗子に釣りに行き、とある女と知り合う。
 飯島基督教会の居候で木場と榎木津の幼なじみである降旗は、訪れた女の不思議な身の上話と幻想譚に牧師の白岡ともども心を乱される。
 関口は京極堂が神官役をつとめた久保竣公の葬式で、幻想小説の大御所宇多川崇に紹介される。宇多川は関口と敦子に神経を患う妻についての相談を持ちかける。
 宇多川朱美の訴えるのは、死んだはずの前夫が訪れてくる悪夢。彼女の前夫、佐田申義は戦時中に兵役忌避を起こし首なし死体で発見されていたはず。彼女は蘇って現れた死霊に犯され、これを絞め殺し首を切り落とす。だが、それでも死霊は再び三たび彼女の元を訪れてくる。幻想としか思えない。だがありありと残る鉈と鋸とで死者の首を切断する感触。
 一方、降旗は幼い頃から髑髏の夢に悩まされ、精神分析の道を志し挫折したという過去を持つ。白岡牧師までも実は古の骨を採集する汚れた神主の一団に脅かされていた。
 関口が相談を受けた直後に宇多川が絞殺死体で発見される。果たして朱美が犯人なのか。
 その他、逗子湾に浮かぶ金色髑髏や生首、双子山中の不可解な集団心中事件と重なり、事件全体がとらえどころのない奇妙な様相を見せる。まるで関係者全員が髑髏に憑かれたのかの様に。
 京極堂は語る。狂骨とは三題話の妖怪だと。では今回の事件の中の三題話とは一体何か。


******以下ねたばれ注意******

 黒衣の憑物落しが登場したのは450ページ。この後延々120ページも謎解きが続く。本作は謎解き部分がページ数でも割合でもいちばん多い。しかし、他の作でもそうではあるが、特にこの作ではフェアプレイとか読者との知恵比べなんかとは全く次元が異なった構造になってしまう。
 事件の背後に絡んだのは、髑髏を巡る二十年来の争奪戦。古代の神武御名方富命の復活を謀る神官達。後醍醐天皇の末裔と真言立川流の五百年の執念。法螺話もここまで壮大だと唖然としてしまう。伝奇もの仕立ても悪くはないが、どの程度それらに馴染みがあるかで読み手の印象は異なってしまうだろう。申義はともかく、神人と立川流と、髑髏を希求する二組がかち合うのは御都合主義的。
 だが一見陰湿で不可解極まる事件が本筋を見通すと実は蹴球、というのはさすがである。
 しかし、本作で何といっても凄いのは、宇多川家の井戸の底から復員服を着た首なし死体が三つも発見されたくだり。怪談は怪談でなくて、全て真実だったわけだ。やってくれたなとつくづく思った。現実と悪夢とは実は到底判別などつくものではないのだ。
 宇多川朱美は状況に翻弄され夫という庇護者を得て宇多川朱美となった。つくりあげられた自分。なんとも不安定なことだ。だがしかし人間誰しもが環境によってつくりあげられた自分なのだ。
 復員した宗像賢造は妹民江の仇を取ろうと、朱美を陰湿な方法で陥れるが、結果として妹を更なる不幸へと追い込んだ。
 立川流再興の執念は在り方を違えて一族壊滅への道を突進した。
 深い恨みと陰湿さ、だけどその裏腹のばかばかしさ。またしてもこんなところに妖怪はいたのだ。


《事件暦》……ねたばれ注意

1952.
09.09 鷺宮一党満願成就の日
09.20 双子山集団自殺事件
09.23 金色髑髏事件第1報
09.24 白丘牧師黄金髑髏を着服
09.25 金色髑髏再び目撃の報
11.01 宗像賢造 宇多川朱美を訪ねる
    伊佐間 朱美に出逢う
11.04 鷺宮邦貴 宇多川朱美を訪ねる
11.10 立太子の礼
11.13? 賢造 宇多川朱美を再び訪ねる
    邦貴 宇多川朱美を再び訪ね殺される
11.26 賢造 矢沢駿六をスカウト
11.28 宇多川朱美 飯島基督教会へ
    矢沢駿六 殺される
12.01 逗子湾に生首打ち上げられる
    久保竣公の葬儀
    宇多川崇 関口と敦子に相談を持ちかける
12.02 宇多川崇殺害
    木場長門 大森の高野家訪問
    木場 榎木津の事務所で関口と敦子の話を聞く
12.03 伊佐間 逗子を再訪
12.04 伊佐間 朱美の逮捕を目撃
12.07 関口宅を榎木津敦子木場訪問、さらに石井警部訪問
12.10 宇多川朱美の精神鑑定結果
12.12 降旗 木場に連絡を取る
12.13? 京極堂に関口伊佐間木場降旗榎木津敦子集結
12.14? 桃囿館への手入れ
12.15? 宇多川家の井戸からの死体発見
    聖宝院文殊寺での憑物落し

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