カリオストロ城の土台石より

カリオストロ城の土台石より


 蛸井君にお伺いされてしまったので少々蘊蓄でも傾けてみましょうか。
 そもそもカリオストロ伯爵は歴史上の人物です。十八世紀ヨーロッパに実在した魔術師にして錬金術師。マリー・アントワネットの評判を地に落とせしめフランス大革命の近因となった”女王の首飾り事件”にも連座した。
 ルブラン原作の『カリオストロ伯爵婦人』はその娘という設定。若きアルセーヌ・ルパンと巨額の財宝を巡り火花を散らした。クラリス・ド・ディチーグはその事件でのヒロイン。アルセーヌ最初の妻。
 ちなみにルパンは三度結婚しています。最初がクラリス。数年の結婚生活の後彼女は愛児を残して病死。その子は誘拐され後の『カリオストロの復讐』につながります。二度目の妻は『奇巌城』のヒロイン、レイモンド。彼女はシャーロック・ホームズにより射殺された。三回目の結婚は「アルセーヌ・ルパンの結婚」なる短編に描写され、結婚相手はその後すぐ修道院へ入った。この辺はちょっとうろ覚え。
 さて、映画『ルパン3世・カリオストロの城』の種本の一つが『緑の目の令嬢』というのは御指摘の通り。これは宮崎駿本人が語ってます(宮崎駿『カリオストロの城』を語る 対談VS岡田英美子 『天空の城ラピュタ GUIDE BOOK』収録)。そしてもう一つの種本が江戸川乱歩版『幽霊塔』です。水底の古代遺跡は前者から、古城、秘宝、落とし穴、時計塔などは後者から、宿命を負った美少女は両者から。特に時計塔。宮崎駿の時計塔趣味が云々とかよく言われるけど、『幽霊塔』を読まずしてこれについては語れませんよ。
 大衆文化において剽窃は日常茶飯のことじゃないですか。様々な小道具の拝借は勿論、『幽霊塔』のヒーローも熱い血を持つ快男児です。アルセーヌ・ルパンと同様。使えるものはどこからでも持ってきてぶち込んで話を盛り上げる。大衆文化の一種猥雑とも言えるエネルギーはそこから生まれるのであってオリジナリティー云々は余り意味がないと思う。ただ宮崎駿自身が『カリ城』に対して言う”大店ざらえ”的作品という言葉はその姿勢に対する批判でもあるわけなんだろうけど。
 さて、話を『幽霊塔』に戻します。宮崎駿はこれを乱歩のものしか読んだことがないと言っていますがその原典は黒岩涙香です(『探偵小説』8号参照)。涙香は明治の新聞人であり、自ら書き下ろす翻案新聞小説で一世を風靡した。そのジャンルは広い範囲に及ぶ。『噫無情』『巌窟王』など今でも涙香のつけた題名が生きている。そうそう『捨小舟』(『家なき娘』=『ペリーヌ物語』の原作)なんてのもあったな。無論探偵物も多く『幽霊塔』はその代表作の一つです。乱歩は中学校一年の夏休みに熱海へ出かけて『幽霊塔』を読んだときの興奮を『探偵小説四十年』の中で切々と語っています。そして後に自らそのリライトを手掛けました。
 『幽霊塔』の原作は Mrs. Bendison 著 The Phantom Tower とされていたが長らく該当作が見つからず謎のままでした。ところが近年、ベンジスン婦人は架空の人物であり、真の原作者は幸田露伴だという説が出ました(伊藤秀雄『明治の探偵小説』)。露伴に「是は是は」「あやしやな」等の探偵小説の実作があること、代表作『五重塔』と『幽霊塔』の嵐のクライマックスの類似などが根拠とされるが果たして真相は如何に。カリオストロ公国の秘密より興味があるところです。
 なお、乱歩とルパンと言ったら当然『黄金仮面』だが、峰不二子のネーミングもやはりそのヒロイン、大鳥不二子から由来しているのだろう。
 かくして大衆文化の系譜は連綿とつづく。


<追記>
 『幽霊塔』の原作は既に確定したようです。 こちらをご覧ください。 露伴原作説は完全に否定されたようでちょっと残念です。


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