論創ミステリ叢書より。先の林不忘名義の捕物帖に続いて牧逸馬名義の探偵小説の集成。
私は牧逸馬名義の作品は『世界怪奇実話』(1929-)が非常に好きであるが、現代教養文庫の『第七の天』『白仙境』を読み損ねていたためにかなりの作品が初読だった
(→作品目録)。
本書の帯には「ショート・ショートの先駆者」とあった。確かに短いものは多いが、城昌幸のように意図して短編の分野を極めようとしたものではないと思う。
本書の収録短編だが、アンソロジーで既読の作以外は正直なところあまり面白くない。それには複数の理由があるだろう。牧逸馬のデビューは、戦前の探偵作家のうちでもかなり初期であり、まだそんなに洗練された日本人作家による創作が存在していないこと。関連して雑誌上で短い枚数しか与えられないために話を発展させる余裕がないこと。また、牧逸馬作品特有のことだがアメリカの探偵雑誌からの翻案が多いために今となってはありふれたストーリーに感じられてしまうことなどがある。
『世界怪奇実話』を連載する頃には作家としての実力は相当ついているが、それまでのものはそんなに評価できるものは少ない。
「都会冒険」は、アメリカの新聞記者ヘンリイ・フリントを主人公とした短編のシリーズ。主に紐育(ニューヨーク)を舞台に生き馬の目を射抜くようなペテン師のやり口やライバル誌の記者との特種の抜き合いを描いたもの。ちょっとユーモラスな軽いコンゲームものである。随筆によると作者が一番好きなのがこのタイプのものらしい。日本ものに翻案せずにアメリカが舞台なので当時の風俗も感じ取れて、これは今読んでも面白い。
「ジンから出た話」は、新婚の日本人の男がホテルの酒場で懇意になったアメリカ人から聞かされた話。さらにそれは彼が上海でロシア人から聞かされた話であり、とどんどん入れ子構造になっていく。最終的にはシベリアの軍医の奇妙な妻殺しの話になる。酒の上の座談ではあるが、気が利いている。
「民さんの恋」は、床屋の親方が無意識のうちに客の芸者の喉を掻き切った事件。全くの事故に思われたものの裏の事情が荒削りな形で読者に投げ出されてかなり驚く。探偵小説として洗練されていないのが残念。
「真夜中の煙草」は、雑誌の読物欄に三回掲載されたもの。「恐怖の窓」はサキ「開いた窓」、「競馬の怪談」はH・ホーン「老人」の翻訳で、他の作品も翻訳ものである可能性が高い。「白い家」は夢でよく見る風景というありがちな設定をこういう風に落とすかという点で面白い。
「砂」とか「碁盤池事件顛末」とかは犯罪実話タッチの力作である。だが、読んでみてあまり面白いとは思えなかった。
既読のものについても触れておく。
牧逸馬名義の創作の一番の代表作はやっぱり「上海された男」である。特異な題材、追い詰められた男の心理、そして非情な結末といい、優れた作品である。
「舞馬」では、火消しの副小頭の峰吉の後妻お八重は、亭主の気を引こうと居候の茂助との火遊びを演出する。最初は罪のない悪戯だったはずなのに、それがにっちもさっちもいかない三角関係に発展してしまう。
何もかもが宙吊りで居心地の悪いままで大きな事件が起きて、事件の後も宙吊り感は解消されない。
「七時〇三分」は、あまりにも有名な牧逸馬の遺作。明日の夕刊を手にして競馬で大儲けした男の末路は、運試しのギャンブルに絶対確実な勝利を図った罰なのか。
そしてそれ自体が否応なしに作者である流行作家の急死という不運に重なってしまう。この作品に原作があることは知っていたが、先に発表した「競馬の怪談」の再話とは初めて知った。
本巻の収録作の評価は若干辛めになってしまったが、牧逸馬名義の探偵小説はまだ数編ある。教養文庫の表題作になった「第七の天」が気になる。