全五巻の『叢書新青年』の最後に読み残した一冊。
牧逸馬・林不忘・谷譲次の三つのペンネームを駆使して駆け抜けた作者のマイナー目のコラム、エッセイ、戯曲などを五つのパートに分けて紹介している。
第一部「<めりけんじゃっぷ>の周辺」は、海外で取材してきた材料をそのまま生かしたもの。
「海外印象詩 ところどころ」は上海からニューヨークまで世界各地の情景を散文詩のように書いたもの。
「『猫の引つ掻き』」は、アメリカのあちこちでの日本人に対する米国人の対応について。タイトルは日本語が彼らにはそのように聞こえるということから。
第二部「知られざる<一人三人>」は、最初期のもので全て父親の長谷川淑夫が社主だった<函館新聞>に掲載された。
「新東京より」は短文の社会批評を連ねたもの。
「アメリカの火事」はタイトルどおり滞米時の火事場見物を書いたもの。
「相州七沢より」は七沢温泉の逗留記。当時精神的に不安定で保養を勧められたらしい。
第三部「多国籍恋愛小説」は艶笑談など。
「ういすてりあ」は、夏季休暇中に三十前の未亡人に雇われた日本人大学生の困惑。
「女ところどころ」は、世界各地の女の印象記。
「大公爵夫人と新聞記者」は、ニューヨークを訪れた英国大公爵夫人が引き起こした騒動。似たような話が『世界怪奇実話』にあった。
第四部「ジャーナリストの血を享けて」は、書評・劇評・社会時評など。
「米国の作家三四」では好きな作家を挙げている。クレブス、フォークナー、ディヴィス、ランドンなど。都会的センスの詐欺の話を愛好している。日本の江戸川乱歩の名前も挙がっている。
「『人われを大工と呼ぶ』に就いて」は、シンクレアによるキリストが現代ハリウッドに降臨したという風刺小説の解説。
「貞操のアメリカ化を排す」のタイトルは<婦人公論>の編集部から与えられたものだが、筆者は排する前にまず是認してしまう。
「乱橋戯談」では、芸術作品と通俗作品の区別を立てることが無意味だという意見を表明している。
「吉例材木座芝居話」は、犯罪に取材した歌舞伎狂言を収集したもの。
「早慶戦を観る」はタイトルどおりの観戦記。
第五部「アジアへのまなざし」には、ただ一編の戯曲「安重根」を収める。分量的にも本書中のかなりの割合を占め、読み応えもあった。
1909年、朝鮮人国士の安重根がハルビン駅で伊藤博文公を暗殺するようになるその直前までを描く。暗殺を決意したものの、それ以降は自分が同志の熱狂に絡み取られ自由を失ったように感じる。また伊藤を暗殺しても祖国の運命が決してよくはならないことも予測している。伊藤博文を長年標的としてきたために自分自身を伊藤の分身のように思う共感すら覚える。それでも決行してしまうまでの過程は限りなく苦い。
満州事変がもうすぐ勃発しようとする時代の空気を感じ取って二十年前の事件に取材したものだが、ここには普遍性がある。
この作者は『世界怪奇実話』は大好きだが、それ以外は殆ど読んでいない。めりけんじゃっぷの実話から始め、時代劇の丹下左膳で売れっ子となり、執筆のし過ぎで過労死したその軌跡の光芒は実に鮮烈である。