元本は1997年、角川書店より。
各編に一人ずつ作家を題材にして、その人物に縁が深い東京の土地を舞台とした幻想短編小説集。
設定だけで成功したと言ってもいい。誰を扱ってるかは少し読めばわかることなので上に書いておいた。実に幻想・探偵ファンが喜びそうな名前が並んでいる。
各編の組み立て方は様々。現代に生きる主人公がその作家の時代に吸い寄せられるもの。書かれた作品中の怪異と同じものに出くわすもの。
少数だがその作家自身を主人公に据えたものもある。
ご贔屓の二人の作家についてだけ内容にも触れておく。
「無闇坂」では、千駄木に住む友人の失踪に不安を覚えた女性が、かつてあったという無闇坂を調べて不思議な話に突き当たる。大正に焼失した方城寺の住職が少女二人を殺して自殺したという事件があり、檀家総代がそれを調査させた支那そば屋の若者は奇妙な報告書を残して大阪に去ったという。
あんな場所にこんな異界につながる空間を構築したのにびっくりした。乱歩の合理的精神と幻視との葛藤をうまく描いているように思える。
「田端三百四十六番地」の主人公は中井英夫自身。短歌雑誌の編集者の彼は、神田の縄のれんで洞爺丸の話を聞いて妙な気持ちになって、田端駅で寝ぼけて山手線の終電から降りてしまう。幼い頃に暮らした地で佇む彼の前に、遊び友だちの父親の大作家の面影が現れる。
中井にとっての重大な転機となった瞬間を描写していて興味深い。芥川龍之介との幼い日のエピソードは、中井自身が書いた「燕の記憶」よりもこちらの方が相応しいかもしれない。