『薔薇幻視』

『薔薇幻視』


 『薔薇幻視』(1975)と『香りへの旅』(1975)を収録。
 原本は平凡社カラー新書というシリーズのうちの中井著の二冊であり、私は前者だけ持っている。写真をふんだんに使った図鑑形式のエッセイ集であるが、薔薇や香りについての実用書ではなく、虚用書というのがいかにも著者らしい。

 『薔薇幻視』の方を原本と比べると、写真がみな微妙に異なっている。初版とは違うカットを使ったものだそうで、照らし合わせると楽しい。本書の方が原本よりも写真の写りがいいのは印刷技術の進歩のためか。
 まずは世界の園芸家が躍起になって創り出そうとした青い薔薇に絡めて『虚無への供物』を語る。
 続いてはヨーロッパへの旅行記。タスマニアに黒鳥を尋ねたのに継ぐ海外旅行。パリの風景の色に歓声をあげ、バガデル薔薇園では深々と花の香りに浸る盲目の女性を見かけて涙する。南仏では車窓から地中海を臨んでまたもや感涙にむせぶ。
 ロンドンでは期待外れ。さらに北欧のとある国を訪れようとするが、そこで著者が陥った罠。

 『香りへの旅』では、まず年少時の詩「水星の騎士」を取り上げ、香りの渓間の奥底に潜むものを見透かそうとする。
 『薔薇幻視』でのと同じ旅程にて、パリの香水工場を訪れての当代随一の調香師との会見記。
 日本に戻っては三条西家の香席に参加。香や香水に短歌や詩をつける趣向を思いつく。
 文学作品の香りを猟集すれば、ボードレール『悪の華』に始まるが、小栗虫太郎『人外魔境』中の「伽羅絶境」にも言及する。
 巻末の短編では、ソドムの絶滅に立ち会おうと時を遡り、水星の騎士に再会する。

 中井英夫だからこそ成し遂げられた殆ど奇蹟的なつくりの書である。これがこうしてほぼ原本に添った形で復刊されたことを感謝したい。


→冒頭
→中井英夫目次
→読書日記
→表紙