中井英夫『月蝕領映画館』

中井英夫『月蝕領映画館』

偏愛的映画論

 創元ライブラリ版中井英夫全集がこれにて完結。第一回配本の『とらんぷ譚』が1996年5月刊であるから、丸十年もかかったことになる。

 本書の初刊は潮出版社から1984年3月。元々は<アサヒグラフ>に1981年7月から1982年12月まで、「月蝕領にて−偏愛的映画論」というタイトルで連載されたエッセイで、初刊以降初めての再刊である。

 私は映画には疎い。この連載の頃なら高校三年生から大学一年生だが、取り上げられる当時の上映作品の殆どを見ていない。しかも中井英夫は、時間旅行者の本領をこれでもかと発揮して、言及される作品は戦前からの膨大なものに及ぶ。
 しかし、取り上げられた映画がわからなくても本書は中井英夫の手によるもの以外の何物でもなく、ちょっとした記述をいくらでも楽しめる。

 潜水艦映画の「U・ボート」を腐しながらも、潜水艦ものに興味があるのは戦時中にドイツにいた長兄がV2の秘密設計書とともにむりやり潜水艦に乗せられて行方不明になったからだと明かす。
 「南十字星」「マッドマックス」「誓い」というオーストラリア映画の評判に、以前ふらりと遊びに行って以来のご贔屓だと言う。
 <新青年>の昭和12年の会見記事を引用して当時のキャサリン・ヘップバーン人気を語る。
 敗戦の日を描いた「日本のいちばん長い日」によって、市谷参謀本部で勤務した日々を回想する。
 1967年にできたばかりの電算機学校に通った経験があるだけに、コンピューターグラフィックスを駆使した「トロン」について楽しげに語る。

 全集の完結は真に喜ばしいが、『黄泉戸喫』の文庫化など補巻の充実を期待したい。


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