また12月10日がやってきた。中井英夫の死から早くも15年。今年は本書で追悼ができた。
中井英夫作品の初のベストセレクション。これまでは本人がまとめた薔薇についての『薔薇への供物』と、テーマ別に収録した『中井英夫作品集』(三一書房;1986-89)があったが、死後初めて本人以外によるものが出た。選者は最後の助手の本多正一。テーマは中井作品を以って作者本人の自伝を編もうというもの。
小説、エッセイ、日記から自在に取られている。中井は『虚無への供物』の氷沼家の家系がそのまま中井家のことだったように小説中に自己のことをよく取り入れる。また、エッセイの特に晩年のものは身辺雑記が異界に地続きの幻想文学になっている。事実と創作は入り混じって渾然一体となる。
巻頭は『とらんぷ譚』の最後のジョーカー「幻戯」。
老境に至った奇術師の述懐はより美しい話をつくることに専心していた作者と重ね合わせになる。
「囁きの夜」では、東京郊外の屋敷に住んでいたはずの男が自分の消失について語る。
病に倒れた澁澤龍彦を慰めるために書かれたという。
「黒鳥譚」は、『虚無への供物』以前の傑作。白鳥を反転させた異次元の鳥である黒鳥に託して、主人公の青年は戦後に生き残ってしまった恥の毒薬を飲み干そうとする。
その構想は1946年に浮かび書き上げるまで黒鳥館主人と長年称していた。
「燕の記憶」「見知らぬ旗」「禿鷹」では、中井が腐臭を嗅ぎつけた禿鷹のようにその死の間際に身近に居合わせた芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫について縁の深いものを集める。
「炎の種子」は、彼が短歌誌編集長として見出した寺山修司の評を前衛風の戯曲にしたもの。
「薔薇の罠」は、実用書ならぬ虚用書『薔薇幻視』の末尾に収録されたもの。異国の地で薔薇園を訪ねようとして巻き込まれた奇怪な体験。
『黒鳥譚』を完成させて1970年にオーストリアに黒鳥に会いに行ったときのことが下敷きになった。
1974年から流薔園園丁を名乗っているが、中井に薔薇の綺譚は多い。
「殺人者の憩いの家」は、<幻影城>に掲載されるときに『虚無への供物』以来の第二の探偵小説と宣伝されたが、やっぱり幻想小説だった。この作品から月蝕領主を名乗ることになる事実上の月蝕領宣言である。
「公園にて」は、『とらんぷ譚』の中でも屈指の名編。
「名なしの森」は、二十一世紀に備えるという名なしの小国家にまつわる小粋な話。
「干からびた犯罪」は、アリスのお茶会テーマに得意の時間旅行ものと生地の田端と同じくそこ出身の萩原朔太郎の詩を結びつけた力業ともいうべき傑作。
「不在」は、亡くなった姉の骨壷を抱えて山口の墓所まで向かう旅路。「不在」の文体はいいよねえと中井に語りかけた本多正一は後に自分が中井の骨壷を山口に送り届けることになった。
「影法師連盟」「夕映少年」は、生涯の相棒田中貞夫のガン治療中に書かれたその頃の重苦しい思いを伺わせるもの。
「黄泉戸喫」は、執筆が田中発病の前とはとても信じられない内容。彼は自らの未来までも見通してしまった。そしてここにも『虚無への供物』が絡んでくる。
「影ふたつ」「眠り」は、晩年の詩歌で後者が遺作になる。
「虚無なる日々に」は、『虚無への供物』を乱歩賞に応募した前後の日記。
「中井英夫未発表日記」は、中井が愛読したり深い関わりを持ったりした久生十蘭、江戸川乱歩、谷崎潤一郎、三島由紀夫、澁澤龍彦の死の前後の日記。
「空しい音」は、『虚無への供物』の後日談で、二十年の歳月を経た亜利夫、久生、藍ちゃんが出てくる。
こうしたテーマ設定ゆえに中井ならではの名短編がいくつも落ちているがそれは致し方なかろう。
帯には島崎博による惹句、表紙絵は建石修志と至れり尽くせりである。