『香りの時間』

『香りの時間』


 エッセイ集『香りの時間』『墓地』『地下鉄の与太者たち』『溶ける母』の4冊を収録。

 『香りの時間』の単行本初版は1981年。香りと色とを何とか言葉で現し得ないものかという思いが題名に込められているという。
 言及されている小物や項目は、時計、宝石、洞窟、薔薇、電気、暗号、リキュール、映画、地下鉄、香り、同性愛、等々。
 暗号の項では戦時中市ヶ谷の参謀本部に学生兵として配属されていたときのある事件。
 映画については戦前のフランス映画を嬉々として語る。特に筆を費やすのはギトリーの「とらんぷ譚」。その冒頭、少年期の主人公はビー玉を盗んだ罰で夕食抜きにされたが、ちょうどそのときキノコ中毒で他の家族は全員死んでしまった。それ以後主人公は詐欺師を志したという。
 そしてまた鴻巣玄次のモデルとなった若い人形師との交友記。
 「「新青年」の変遷」ではこの希有のメンズマガジンの魅力を熱っぽく論じ、「幻町の住人になるには」ではかつて生家があった田端を散策する。

 『墓地 − 終わりなき死者の旅』は白水社の「日本風景論」シリーズの一冊として1981年に刊行。
 筆者がまず佇んだのは、市ヶ谷の月桂寺にあるもう一つの中井家之墓。空襲時の消火作業のときに筆者はこの墓を発見し、以来自身をその墓誌の筆頭の残夢孩子に寄託した。
 郷里田端の与楽寺の墓地では少年期の思い出に耽り、隅田川べりでは戦時中の「無名氏之墓」に思いを馳せ『黒鳥譚』の成り立ちを明かす。
 「海という名の墓」という章では、洞爺丸事件及び『虚無への供物』執筆時の死者や生者との交流を語る。
 そして長崎のキリシタンの墓と京都の化野の取材旅行。その後、筆者は再び群馬県嬬恋村の山荘に戻ってくるが、死者はそこにも待ち受けていた。

 『地下鉄の与太者たち』は1984年発行。
 表題作ではボルヘスの冷笑に気付くとともに、地下鉄に乗りに出掛けていく。
 竹中英太郎乱歩正史、内田百閨A泉鏡花、はたまたシャンソン、少年愛、サド侯爵について。
 そして最後に控えたのが寺山修司と田中貞夫の追悼。筆者が見出した天才寺山は1983年5月4日に肝硬変からの敗血症で死去。そしてその寺山の第一作品集『われに五月を』を出版した田中貞夫、中井の生涯の相棒であったその人は、ちょうど一週間前に食道癌で息を引き取った。やはり”五月は喪服の季”なのか。

 『溶ける母』は1986年出版。主に短いものを多数収録。
 表題作は三月の群青色にひろがる空を表そうとしての言葉。この青空の中には母も溶けている。
 B公こと田中貞夫が癌で亡くなるまでいっしょに付き添ったその顛末。高名な植物学者である父中井猛之進やクラーク博士の薫陶を受けた祖父中井誠太郎のこと。
 あるいは夕方四時から再放送の「必殺」シリーズのたまらぬ面白さについて。
 掉尾の「幻想文学の構造」では、泉鏡花の戯曲を楽しげに語り、そして再び小説を書くためのよすがとして『幻想博物館』の成り立ちを検証する。「チッペンデールの寝台」のビニールシートにはこういう意味があったのか。

 中井英夫の文筆の尽きせぬ魅力に堪能させられた一冊。


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