『ケンタウロスの嘆き』
『ケンタウロスの嘆き』
中井英夫全集第2回配本は、『黒鳥の旅もしくは幻想庭園』『ケンタウロスの嘆き』『地下を旅して』のエッセイ集3冊を収録。
まず第一部、オーストラリア幻想旅行の顛末を巻頭に記したエッセイ集。
1970年、中井は黒鳥の故郷タスマニアに向かう。戦後真っ黒い恥の固まりとして胸の奥に棲みついた一羽の黒鳥を帰しに行くために。前年にとうとう「黒鳥譚」を脱稿し、中井の黒鳥館主人の時代はこの旅行で終止符を打つ。
初めての海外旅行にて、空港の出国手続きを異次元界への移動の儀式と捉え、現地での西から上る太陽に思いをはせる。自らを流刑囚と思いこんでいた筆者自身が地球上のかつての流刑地に引き寄せられる。
初めの予定では二泊のはずのシドニーの街が気に入り、延々一週間をここで過ごす。私もとっても好きになった町並みを、中井英夫がここまで気に入っていたとは縁を感じて嬉しい。サーキュラー・キーの埠頭風景が筆者には戦前の東京を思わせる。さらに25年の歳月を経た景色を私は見た。
そしてタスマニア州都ホーバートから近郊の動物園までバスで出かけ、二羽の黒鳥に再会を遂げるが……。
「百科事典について」では、奇妙な項目が連続する現象を数え立てる。
にじり口・西ローマ帝国・ニシン・ニジンスキー・二進法・ニス・ニース・にせアカシア・二世・似絵・贋金つくり・ニセコ町・にせ札・偽紫田舎源氏……
ビクトリア朝・比丘尼・ピクニック・ヒグマ・ピグマリオン・ピグミー族・ひぐらし蝉・ピクリン酸・ピクルス・ひげ・ピケ……
こんな言葉へのこだわりから、『とらんぷ譚』の掉尾をつとめる名編「影の狩人」が生まれたのだなと暫し納得。
第二部。三島由紀夫の死に際しての沈痛な哀悼。三島をオルフェウスに、そして自らをその亡骸を運ぶケンタウロスに例える。
川端康成の自死に当たっては、太宰治以来の戦後の文士の自殺をひとつひとつ思い起こし、その全てが違う方法でなされたことを発見、見えない手を持つ何者かの黒々とした意志を恐れる。
そして、吉行淳之介、寺山修司、北原白秋、五木寛之、あるいは江戸川乱歩、久生十蘭、小栗虫太郎、夢野久作といった作家たちを語る文章。
第三部。折々の随筆。古き東京、特に田端から浅草あたりへの愛着は深い。その思い入れが『虚無への供物』を生んだ。やっぱり優れた探偵小説は舞台となる土地に密着していなくてはと思う。乱歩の少年探偵団物の分析からもやはりそれが伺いとれる。
第3回配本『虚無への供物』は11月刊行予定。
初出 <電脳部室>NKI:『ケンタウロスの嘆き』[1996.11.03] #02660
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