『黒鳥譚』『見知らぬ旗』『黒鳥の囁き』『人形たちの夜』の4短編集を収録。
『黒鳥譚』の収録作は、「あら(鹿を三つ重ねた字)皮」「蝿の経歴」「燕の記憶」「青鬚公の城」「黒鳥譚」。『中井英夫作品集』(1969)と『彼方より』(1971)の2冊から短編小説を再編集したもの。
最初の3編は、高校の同人誌や<新思潮>に発表されたもの。「あら皮」は、バルザックの創作力の秘密を暴く。「燕の記憶」は、幼い日の作者と自殺した文士Aとのかくあったかもしれない交流。
「青鬚公の城」(1964)は、『虚無への供物』発表後の著者にある文芸雑誌から恋愛心理小説をという注文で執筆されながら、お蔵入りになっていたもの。あなたは、なんという残酷な人なんだ。この叫びはいったい誰のものか。
「黒鳥譚」は、1948年に最初の着想が浮かびながらも完成までに21年を費やした短編。存在としての恥の象徴、黒鳥。大切に大切に慈しみながらもいつか失ってしまった金貨。名もない死者から受ける慰め。懸命に変身を、死を望みながらも、恥の毒薬を飲み続けながら生き抜くに至る境地。
『見知らぬ旗』(1971)の収録作は、「日蝕の子ら」「見知らぬ旗」「黒塚」「時間の罠」「古代旅行者」「銃器店へ」。『黒鳥の囁き』(1974)の方は、「鏡の中への旅」「空き瓶ブルース」「死者の誘い」「炎色反応」「黒鳥の囁き」。かつて私は角川文庫の『銃器店へ』(1975)を『幻想博物館』とともに著者のベスト短編集だと思っていたが、この2冊からの選りすぐりであった。
「見知らぬ旗」は、戦時中の大本営での体験記。いわゆる戦争の記録からはあぶれた生活の記録。幻想小説ではないが、これもまた異世界。
「黒塚」や「炎色反応」の凄まじさ。
「死者の誘い」は、古びた毒草園とともに滅びていく一族三代。自殺事件の新聞記事の引用など『虚無への供物』の小型版という雰囲気あり。
「空き瓶ブルース」でも変身と恥というテーマは繰り返される。
「古代旅行者」は「かつてアルカディアに」改題。主人公は鉄道事故で自分の足の真下に他人の死体を踏むという経験をする。古代ギリシャでは殺人のあった場所は忌むべき場所として何代に渡ってでも封印されようものを。彼が踏み込んでいく狂気と自殺への誘惑。
「銃器店へ」は、現実と幻想が侵蝕しあう名品。地下鉄、自動切符販売機などへの偏愛。
『人形たちの夜』(1976)は、作者得意の連作短編集。人形と職業尽くしをモチーフとしようとしつつも、物語の流れは作者の思惑とは別の方向に進んでいく。憎しみの哲学は打ち砕かれる。