落語界を舞台とする『三人目の幽霊』の続編。前作が日常の謎系連作短編集だったのに対して、本作は作者の初の長編。しかも連続殺人事件で幾多の大技を盛り込んだ豪華版である。
<季刊落語>の新人編集部員の間宮緑は、編集長の牧大路の命で静岡の山間の杵槌村まで赴くことになる。そんな辺鄙な村で上方で人気の春華亭古秋の一門会があるというのだ。古秋は落語界では珍しく名跡の世襲制をしており、この一門会の芸により次の代の古秋を襲名するものを抜擢しようというのだ。候補となるのは当代古秋の息子三人。
ところが杵槌村に不審者が侵入した形跡がある中で、豪雨によるがけ崩れで村が孤立してしまう。そんな最中に奇妙な状況での殺人が起こる。
緑は牧編集長と電話で連絡を取って、事件の推移を説明していく。
そうしていくうちに、死体の状況は幻の落語「七度狐」の見立てではないかとわかっていく。
このように、クローズド・サークル、安楽椅子探偵、そして見立て殺人の趣向が盛り込まれている。
この中で問題は見立て殺人である。見立てとなる落語「七度狐」は、本来は実在のもの。旅人の悪さに腹を立てた狐が七回の化かしで仕返しするという話だが、同じような繰り返しが飽きられて現代では二回の化かししか演じられないという。
ところが作中では、四十五年前に杵槌村で失踪した先代古秋がその弱点を改良して磨き上げた本当に七回化かす話があるのだという設定である。
これがうまい。見立てであることがわかっても次の化かしが何であるかわからないため、焦燥感が生まれる。探偵側は落語の進行と犯人の犯行の両方を予測しないといけない。これは見立て殺人という古くからの趣向に新機軸を導入した殊勲賞ものである。
そして芸の世界を扱って、芸に魂を奪われた者たちの有り様がよく書けている。身内が次々と殺される中でも一門会のための落語の稽古に励む姿は不謹慎でありながらも尋常でない説得力がある。
そしてそれを透徹したところに犯行の異様な動機や、最後の場面がつながっていく。
五、六、七番目の化かしに至る畳み掛ける勢いが凄い。ただその反面にどうしてそれができたのかの説明が落ちているのが残念。
ラストシーンは妄執に満ちて鬼気迫るが、それでも私は昔の特撮映画によくあったような落ちなので少し笑ってしまった。これをやってみたかった気持ちはよくわかる。
最初から最後まで化かしに満ちているが、作者自身も短編作家から堂々たる長編作家に大化けしたと言えよう。