小沼丹『黒いハンカチ』

小沼丹『黒いハンカチ』



 小沼丹のニシ・アズマ先生ものの短編集。元版は1958年、三笠書房より。
 
北村薫『謎のギャラリー』で取り上げて知られるようになったが、私は間羊太郎(式貴志)『ミステリ百科事典』で以前から雰囲気を知って気になっていた。こうしてまとめて読めるようになったことは実に嬉しい。

 ニシ・アズマ先生はA女学院の英語の先生。若くて小柄で愛嬌のある顔立ち。学院の屋根裏部屋に衛生室の古ベッドを持ち込んで、そこで昼寝するのを何よりの楽しみにしている。 そんな彼女はいつも身の回りのことに深く関心を抱き、日常の中からちょっとした奇妙なことを見つける。犯罪が起ころうとしているまさにそのときからそれを感じ取ってしまっているのだ。 そして彼女は起こった事件の謎を解いて犯人を懲らしめたり、人にその顛末を説明したりするときには太い赤い縁のロイド眼鏡をかける。作者によるとこれは多分に一種の照れ隠しなのだそうだ。

 作者は井伏鱒二の弟子筋の作家。江戸川乱歩が<宝石>の編集長を勤めたときに一般の文壇の作家に原稿を乞うたが、それに応えて作品を寄せたこともあるという。
 作者は探偵小説に理解はあるが、特にマニアというわけでもないだろう。本書の特徴はトリックでも論理性でもなく、人間観察と造形と描写の見事さだ。
 独特の雰囲気がいい。登場人物名はみんなカタカナ書き。 事件そのものは詐欺や窃盗が多く、殺人もないことはないが、なぜだかどことなくのどか。 若い女性を名探偵役に持ってきたことで、何とも言えない典雅な時間が流れる。ニシ・アズマ先生がブラウン神父風に事件が起こる前から居合わせていたり、犯人を捕まえてもしばしば許してやることからも寓話風な味わいが生じる。

 今年の復刊大賞はルヴェル『夜鳥』とこれ。


→冒頭
→小沼丹目次
→読書日記
→表紙