D・L・セイヤーズ『ピーター卿の事件簿U/顔のない男』

D・L・セイヤーズ『ピーター卿の事件簿U/顔のない男』



 セイヤーズの日本編集版短編集第二弾。『ピーター卿の事件簿T』は<シャーロック・ホームズのライヴァルたち>のシリーズの一巻として1979年に刊行、私はまだ中学生だった。
 近年のセイヤーズ長編の訳出・発行ももうゴール間近となって、その前に短編も刊行しておこうということなのだろうが喜ばしい限り。一巻目はゴシック的な味が濃い/くどい話が多かったのに引き換え、こちらはもっと薄味な感じ。でも曲者の作者だけにただでは済まない。

 「顔のない男」では、海辺で発見された顔を傷つけられた男の死体の解釈が警察とピーター卿で全く食い違う。警察はありきたりの怨恨とし、ピーター卿は犯人の性格についての考察で空想を飛ばすが、敢えて決着はつけない。

 「因業じじいの遺言」は、隠された遺産を探す宝探しもの。いつしか本格的なクロスワードパズルを解く話にすり変わる。日本人にはこの話のよさはわかりづらいが、初めはいやいや付き合っていた女相続人がパズルに夢中になる描写が微笑ましい。

 「ジョーカーの使い道」では、ピーター卿がポーカーのいかさまを種に社交界の恐喝者に鉄槌を下す。ここまで来るとどっちが悪だかわからない。

 「趣味の問題」は、ある機密を巡りフランスの伯爵の館にピーター卿の偽者が出現したばかりか本物とかち合ってしまう。 エスピオナージをもこなすのはホームズ以来の英国名探偵の伝統らしいが、こういう事件でのピーター卿の出馬は珍しい。結局ワインの利き酒で判定をつけることになるが、全てはほろ酔いの中へ。

 「白のクイーン」は、仮装舞踏会の場で起こった殺人。殺された白のクイーンにはとやかくの噂があったが、驚くべきことに容疑者全員にアリバイが成立してしまう。 限られた状況の中での犯人当てとしては割りとよくできている。

 「証拠に歯向かって」では、歯医者に治療にいったピーター卿が主治医から焼死体の歯形の鑑定の話を聞かされてのこのこついていく。事件は果たして事故か自殺かそれとも殺人か。 ここまでやるかと思わないでもないが、探偵小説というものはここまでやるものなのである。

 「歩く塔」は重苦しい雰囲気が印象的な一編。夢の中で出現した二つの塔。チェスの好敵手である隣人の悪い噂。初めての訪問者との対戦。そして死体の発見。ピーター卿の登場は黒い闇を吹き払う。

 「ジュリア・ウォレス殺し」は、実在の事件に対する論評。 保険外交員ハーバート・ウォレスの妻ジュリアが自宅で殺されその死体を夫が発見した事件。逮捕されたのは夫で、一審は有罪だったが控訴審では証拠不充分で無罪となった。 セイヤーズは注意深く証言や証拠を吟味するが 断を下すのは避けている。

 「探偵小説論」は、有名な三巻本のアンソロジー Great Short Stories of Detection, Mystery, and Horror [1928,1931,1934] の第一集に付された序文。見出しだけ拾っとくと、「探偵小説前史」「エドガー・アラン・ポオ 探偵の進化」「エドガー・アラン・ポオ プロットの進化」「知性派の発展と扇情派の発展」「前ドイル期」「シャーロック・ホームズとその影響」「科学探偵」「現代の<フェアプレイ>」「視点の重要性」「探偵小説の芸術的地位」「恋愛の要素」「将来の形式 流行と発展」「もっとも意外な人物」「意外な手段」「謎と恐怖の物語」。

 次はいよいよ『大学祭の夜』。楽しみである。


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